上 下
168 / 220

第138話 リタと作戦会議

しおりを挟む

 失っていた大切な誰かの記憶が、旧サラダ村跡地にある。俺のことをまっすぐに見つめたリタは、さらに言葉を続けた。

「生半可な準備して勝てる相手じゃない。だから、なるべく万全の準備を整えてからいきたい……けど」

「だけど?」

 リタはリビングの床に視線を向けて言った。

「布団をしいて欲しい。できれば大きい奴」

「大きい奴? 何に使うんだ?」

 沈黙が流れる。
 とびっきり気まずい静寂の後で、リタがやけっぱちな調子で言った。

「つまり疲れたってこと……! 魔力も空っぽだし、このままだと明日までに魔力がたまらないの!」

 むすっと顔を膨らませてリタは「この分からず屋」とさらに言葉を続けた。結んでいた髪を下ろして、置いてあったタオルを風呂場の方に歩いて行った。

「私、シャワー浴びるから、それまでにいておいてよね」

「お、おぉ……」

「よろしくね! 先に寝てたら怒るから!」

 すでに怒ったようにバタンと勢いよく扉を閉めて、リタは風呂場に入っていった。シャワーの水音にまぎれて、ブツブツと文句を言う声が聞こえる。

 とりあえず来客用の布団を押入れから出してきて広げる。大きめとは言っていたが、そんな布団はないので、2つ並べる。

「遅いな……」

 リタがシャワーから上がるのを待っていたが、かれこれ1時間くらいは帰ってこなかった。お風呂好きというのは聞いていたが、これだけ長いと身体がふやけたりしないんだろうか。

「眠い……」

 黙って待っていると寝落ちしてしまいそうなので、タオルを水で濡らしてキッチンの流しで身体を拭くことにした。こういうこともあろうかと、大きめの洗面器を勝手おいて良かった。

 流しのふちに腰掛けて、背中をいているとリタがようやくあがってきた。

「お待たせー……って何やってるの。うわぁ……」

「誰のせいだと思っているんだ。起きて待ってろっていうから、こうするしかなかったんだ」

「まぁ、良いや。早く身体拭いて、こっちに来て」

 まとっていたタオルを放り投げて、リタは俺に手招きをした。布団に腰掛けたリタはだいぶ疲れている様子で、横になると大きく息を吐いた。

「大丈夫か?」

「なんとか。ユーニアとの戦いで魔力を消費し過ぎたみたい。あー、だるい」

 長い黒髪をおろして、薄いパジャマ姿に着替えたリタは辛そうに顔を歪めた。短い短パンから見える褐色の脚は出来たばかりの傷があった。

 身体を拭き終わって近づいて来た俺を見るなり、リタはねだるように口にした。

「ねぇ、魔力ちょうだい」

「……おうよ」

 リタの下腹部の魔力炉がある部分に手をかける。軽く撫でてみると、確かに彼女の残りの魔量はほとんどゼロと言っても良かった。

「空っぽだな」

「でしょ、お願い。私もアンクのやってあげるから」

 魔力炉をさすりながら、力を込める。心臓部分から流れてくるリタの魔力を感じる。その動脈の線をなぞるようにして、魔力をリタの下腹部まで誘導していく。

 緑色の魔力がふつふつと音を立てた。

「ん……」

 リタが小さく声を漏らす。
 細長い手脚がぼんやりと発光し始めている。魔力が流れている証拠だ。彼女の心臓が高鳴るドクンドクンという音がここまで聞こえてくる。

「も、もっと……」

 懇願こんがんするようなリタの声に応じて、さらに刺激を強くする。手に込める魔力を強めて、更に彼女の魔力炉に力を送る。

 途端に一層強く緑色の魔力が輝き、リタの肢体が跳ねる。

「あ、あぁっ……!」

「痛いか?」

「ううん、気持ち良い……」

 荒く呼吸をし始めたリタは、それでも求めるように魔力を勃沸ぼっぷつさせた。メラメラと燃え上がるような緑色の魔力が彼女の身体から立ち上る。

 びっしょりと汗をかいて、彼女の肌はパジャマに張り付いてしまっていた。

「せっかくシャワー浴びたのに」

「また入れば良い」

「それもそうか」

 リタはフッと笑うと、俺の魔力炉にも手を伸ばしてきた。彼女の熱い手のひらに触れられると、俺の魔力炉も白い光を放ち始めた。

「きれい……」

 尖った爪でなぞるように撫でられる。時折爪の先端で刺激しながら、リタはゆっくりと手を動かした。こそばゆさと気持ち良さがジワジワとせり上がってくる。リタの魔力が徐々に俺の中へと入ってくる。

 鮮やかな夏の新緑のような緑。キラキラとまぶたの内側でかすむような、まぶしい木漏れ日。リタの熱い吐息が俺の首にかかる。

「ん……」

 ねっとりとした舌が首にかかって、魔力が流れる血管を滑る。尖った前歯の先端が、首の皮を捉える。強い力で吸われたあと、そこには小さな赤いあざが残った。

「いたい?」

「少し」

 いたずらっぽく微笑むリタの首筋に、今度は自分から噛み付く。小さく「あ」と高い声を漏らしたリタの身体に、自分の魔力炉を重ね合わせる。互いの魔力が重なり合い、薄い黄緑の淡い光で輝き始める。

「……っぁ」
 
 彼女の暖かい身体を感じる。鍛えられた彼女の身体は、すっかり弛緩しかんしていて柔らかく抱きしめると心地が良かった。リタの脚が俺の身体を抱きとめるように絡みつく。

 彼女の背中に手を回すと、また新しい傷を発見した。

「これ……」

「ん……今日の崩落で出来た傷だよ」

「……悪いな。俺のわがままに協力してもらって」

「ううん、問題ない。それにワガママじゃなくて、あの娘たちに会いたい気持ちは私も一緒だから。会ってちゃんと文句を言いたいの」

 リタはなんてことはないという風に笑って、俺の背中に手を回した。折り重なって互いの魔力炉を何度もすり合わせた。

「ありがとう」

「いいえ、こちらこそ」

 リタは目を閉じながら言った。

「でも、まだ終わっていない。明日からがきっと本番。あの娘たちは本気で私たちを止めに来る。だから出し惜しみはしないし、危険もかえりみない。全身全霊の全力で記憶を取り戻そう」

「……そうだな」

 幾度かの触れ合いで、俺たちの魔力はすっかり満たされていた。隆々と流れ始めた血流が豊かな魔力を運び始めていた。ユーニアと戦う前よりも確かな魔力でみなぎっていた。

 それでも名残惜しむように、俺たちは幾度かの触れ合いを重ねた。そうしている内にいつの間にか眠りについていて、目を覚ました時には窓から日の光が差し込み始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...