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第135話 なすべきこと

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 ユーニアの火球によって溶かされた天の岩壁は、半分以上形を失ってしまっていた。

 ガラガラと瓦礫が崩れる激しい音ともに、視界が巨大な岩に塞がれていく。ユーニアの身体を抱きしめながら、固定魔法を駆使し地上へと落ちていく。

「ぐ……!」

 解法モークを発動する余裕がない。
 こんなところで身体の崩壊を止めることは出来ない。

「アンク、こっち!」

 視界の隅でリタが手を伸ばす。
 風の魔法で岩を掻き分けながら、落下した俺たちをリタが掴んだ。

「助かった……!」

「捕まってて!!」

 リタに支えられながら、崩壊する岩壁を抜ける。
 ようやく、目を開けた時、見えたのは真っ青な空だった。瓦礫の山の上から雲1つない青空が見えていた。

「ユーニア……!!」

 俺の膝上には空の青さに負け無いくらいに鮮やかな、真紅の髪をなびかしたユーニアがいた。気絶しているのか、静かに呼吸をしたまま目を閉じていた。

「アンク……」

 ユーニアの口が開く。
 もう身体の下半分は溶け落ちていってしまっていた。

「時間切れ……だな」

「そんな……」

 間に合わなかった。
 また救うことが出来なかった。

「……間に合っていたよ。あのタイミングならね。ただユーニア自身がそれを拒んだ。電気杖スタンガンで最後の止めをさしたんだ」

 リタが絶望した口調で言った。

「どうして、そんなことしたんだ」

「言っただろ。私はそれを望んでいない。お前の解法モークはするべき時に使うんだ」

「するべき時……」

「今じゃない。言っておくけれど、私は生き返りたいなんてこれっぽっちも思っていない。私に後悔はないんだからね」

 身体を徐々に魔力へと変えながら、ユーニアは言った。溶け落ちた彼女の身体が吸い込まれるように、空へと登っていくのが分かった。

「私は自分の死に様は良かったと思っている。私1人の命で、大事なものを救うことが出来た。それから……」

 ユーニアは俺とリタを見て言った。

「立派な弟子をこの世界に残すことが出来た」

「ユーニア……」

「私は他の3人と違う。だからこうやってあんたをここまで導いてこれた」

 ふうとやり遂げたように息を吐いた彼女は、照れ臭そうに言った。

「ねぇ、もうちょっと膝の上にいても良い?」

「……良いけど」

「やった」

 嬉しそうな顔をしたユーニアは、俺の太ももの上の心地の良いポジションを探すと、そこに頭を横たえた。

「綺麗な空だなぁ。まさかもう1度こんな景色が見られるだなんて」

「本当に……後悔はないのか」

「ん?」

「もっと生きたかったとか、あるだろ。そう言うの。どうしてそんな風に受け止められるんだ」

 これから死ぬというのに恐怖はないのか。
 せっかく生き返った命をこんなところで終えて、なんで平静でいられるんだ。

「俺は納得出来ない」

 索敵《サーチ》の魔法を使って崩れつつあるユーニアの身体を捉える。これで解法モークを使えば、俺の命と引き換えに彼女を救える。

 魔法を唱えようとした時、おでこの付近で炎が爆発した。

「あぐっ!」

「アンク、それはだめっていってるだろ」

「だめって……」

「その魔法をわたしに使わないでって言っているの」

 いつになく真剣な口調で、ユーニアは言った。

「救うべき人間を間違えないで」

「俺はあんたを救いたいんだ」

「私は救いなんて求めていない。やめてくれって言ってるの。ここでそれをしたら、あなたは全てを手放すことになる」

「手放す……」

「欲望を見失わないで」

 ユーニアは言い聞かせるように言った。

「頭を使うってことはね、クールであること。欲望を見失わないこと。道に逸れないこと。最善を選択すること。ぶれない鉄の意思を持つこと」

「だから、あんたを見捨てろと」

「そう。あんたは忘れた誰かに会いたい。そのために戦ったの。私を生かすためにその魔法を使ったら、あんたはもう戦えない。そのことは自分が一番良く分かっているはずだ」

 その言葉に悔しさと歯がゆさが込み上げてくる。
 俺が手を止めた瞬間から、もうユーニアの身体は漏れ出す赤い魔力と一体になって、溶け始めていた。溶岩流のように眩い明るさを誇る魔力が、瓦礫の上を川のように流れ始めていた。

「くそう……」

 不甲斐ふがいない自分に腹がたつ。先を見通されていたことも、それに対して何も言い返せない自分に腹がたつ。

 がっくりとうなだれていると、俺の隣に座り込んだリタが励ますように肩を軽く叩くと、ユーニアに語りかけた。

「————本当にくんだな」

「けれど、油断するなよ。魔力だけはあの娘たちの元に行く。瞑世めいせの魔法はまだ終わっちゃいないんだ」

 ユーニアは黙ってうつむいているリタを手招きして、励ますように肩を叩いた。

「……というわけでわたしの一番弟子はまだ未熟だ。弟弟子として支えてやってくれ」

「もちろん。あなたにお礼を言う機会が与えられて良かった。私たちはあなたと出会っていなかったら、とっくにダメになっていただろうから」

「パトレシアにもよろしく言っておいて」

「うん」

 それで言いたいことを終えたという表情になったユーニアは、静かに目を閉じた。大きく深呼吸をして、気持ち良さそうに息を吐いた。

「俺はまだあんたに何も返せていない……」

「アンク、私に2度もさよならを言わせる気かい?」

「ユーニア……」

「別れの言葉は1回で十分。それ以上は蛇足。この邂逅かいこうだって出来損ないの夢みたいなものだよ。荒唐無稽こうとうむけいで無意味な一時の気の迷い。あるはずのない蜃気楼みたいのものだから」

 そこまで言った彼女はにっこりと笑った。身体の奥底から吐き出したような深い呼吸のあとで、ユーニアは俺の顔を見た。

「まさかもう1度会えるだなんて、私にしては出来過ぎた夢だった」

 今際の際に彼女はにっこりと微笑んだ。
 み切った青空に負けないくらいの爽やかな笑顔だった。その笑顔をいつまでも目に焼き付けておきたかった。けれど、まばたきのあとに、ユーニアの姿はなく、瓦礫の上には涙のような水のあとが残っていただけだった。
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