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第113話 決着

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 サティは俺たちを見下ろしながら、冷徹れいてつに言った。

「手間が省けた。この祭壇もろとも君たちを消滅させてあげよう」

 万事休す。
 再び、サティの魔力炉が勃沸ぼっぷつして巨大な黄金色のほこが現れる。

「天の魔法、苦痛には死をイレイズトリシューラ

 彼女のその魔法は今までとは違っていた。
 大気がビリビリと震えて、目の前に現れただけで恐怖を感じる。圧倒的なプレッシャーを放つ鉾が、俺たちに向けて放たれようとしていた。

「レイナ、早く、逃げて、くれ……!」

 俺の言葉にレイナは首を横に振った。毅然きぜんとした視線を、俺たちを破壊しようとする鉾に向けていた。

 その瞳は先ほどとは違う。レイナは覚悟を決めていた。

「大丈夫です。ここでジッとしていてください」

「何を言って……?」

「大丈夫です。あの2人なら……!」

 力強いレイナの言葉に反応したのか、崩れた瓦礫がれきを蹴飛ばしてナツとパトレシアが現れた。

 2人が発する魔力は今まで以上に、まばゆい力で満ち溢れている。

「そう! 良く言ったレイナちゃん! そして私たちはこの時を待っていた! 行くよ、パトレシア!」

「ええ! やったろうじゃないの!」

 2人の姿にサティが怪訝そうに眉をひそめる。
 
「何をしても無駄だ。『死者の檻パーターラ』の付加で地力をあげたみたいだけれど、それでは私には届かない」

「そんなの……やってみないと分からないでしょ」

「分かる前に消滅させる。死者はおとなしく、いるべき場所に帰れ」

 サティが巨大なほこを2人に向ける。さっきよりも数倍でかくなっているそれを、2人が受け止めきれるとは到底思えなかった。

「ナツ、パトレシア……逃げ、ろ!」

「心配しなくて良いよ、アンク。私たちは負けない……!」

「気持ちだけで勝てはしないよ。もう死ね」
 
 サティの鉾に対して、2人は手を重ねた。魔力が同調して、少しずつ膨れ上がっていく。

 あの鉾を目前にしたにも関わらず、2人はおくすることなくそれに向かい合った。

「レイナちゃん、力を借りるよ」

 レイナが頷くと、ナツとパトレシアは懐から針を取り出した。先端には一雫ひとしずくの血が込められている。

 2人がそれを自分の首に向かって突き刺すと、魔力が巨大な炎となって2人の身体を包み込んだ。

「な、んだ……?」

 異様な魔力の高ぶりに、サティは不思議そうな顔をした。
 俺たちの目の前に飛び込んできたのは、信じがたいほどに燃え上がる魔力だった。炎の中からパトレシアが指を突き出した。

「見ててよ、次元を跳躍する異端の力……!」

 魔力がパトレシアに向かって凝縮していく。ただ一点に魔力を集中させて、彼女は叫んだ。

亜空跳躍アスラ!」

 パトレシアの指先が輝いた。
 強い光がサティに向かっていく。急速な魔力の高ぶりが、ナツとパトレシアを中心に地下祭壇を眩く照らした。

「……っ!」

 凄まじい魔力が発露する。
 聞いたことのない呪文とともに、衝撃で嵐が吹き荒れる。もはやそこにいるだけでやっとだった。

「…………な」

 ようやく目を開けた時、そこには変わらない体勢で手をかざすナツとパトレシアがいた。
 
「……?」
 
 何かが起きた様子はない。音もなければ、雷光や地面の隆起も見られない。上空に浮かぶサティに傷は1つもなく、瓦礫がれきが崩れたことによる粉塵ふんじんだけ静かに舞っていた。

「何が……起きた?」

 上空にはサティがいて、地上にはナツたちがいる。サティの鉾と2人の魔法がぶつかり合った形跡はなかった。

 ただ、勝負に決着がついたのは間違いなかった。
 サティが自分の胸を抑えて、苦しそうな声を発した。

「な……!?」

「サティちゃん、残念ながら私たちの勝ちだよ」

 サティの身体はふらふらと揺れて、そのまま力なく地面に落下した。

「……う」

 小さく声をあげたサティは、落ち葉のように頼りなく地面に落下した。そのまま崩れるように倒れたサティは、地面にうつ伏せになり自分の髪のように真っ青な顔になった。

「私にひざをつかせるなんて……バカな……」

「ふふん、油断したね、サティちゃん。やっぱり所詮は人間の身体ってことかな?」

「これは、毒……か? そんなものは効かないはずなのに……」

 信じられないという顔でサティは2人のことを見ていた。力を振り絞って、立ち上がろうとしたが、あっさりとパトレシアに押さえられてしまった。

「ち、くしょう……。わたしは女神なのに……!」

「いいえ、あなたは女神じゃない。この瞬間においては、あなたは1人の女の子だよ」
 
 パトレシアはそう言うと、サティをお尻で下敷きにしたまま、ポケットから小さな小瓶を取り出した。中には微量の紫色の液体が入った。サティはそれを見ると、目を見開いた。

「それは……!」

「やっと気がついた? そう、これは私が創り出した媚薬びやく。これをあなたの本体に届けたの」

 パトレシアは上機嫌に笑いながら言った。

「本体……? パトレシアは何を……」

 俺の言葉にレイナが頷いた。

「あそこにいるサティさんは、偽物です。あの身体は単なる移し身で、いわゆる……人形のようなものです」

「じゃあ、本体って……」

「神の座にいる……サティ・プルシャマナ自身です。パトレシアさんとナツさんは、その本体に媚薬を巻いたのです。アンクさま……実に簡単なことだったのです。サティさんは『異端の王』を倒すのに……自分の手ではなくアンクさまを使った。それがなぜだか分かりますか?」

「面倒臭かったから……?」

 レイナは「それもあると思います」と言って言葉を続けた。

「大きな理由は……現世に行くと神の座にいる本体が無防備になるからです。ですから、パトレシアさんの媚薬びやくが……通じました」
 
 悶絶するサティを見下ろしながら、パトレシアは勝ち誇ったように笑っていた。

「ふふふ、見事なものね。パルパムウサギのヒゲを使った作りたて。私に使ったやつの30倍の濃度よ。しばらくは動けないはず」

「ずいぶんとふざけたことを……」

「見直した?」

「……認めない、こんなの……!」 

 媚薬の影響からか、額にびっしょりと汗をかいたサティは再び魔力を立ち上らせた。金色に輝く魔力が、サティの身体を包みこもうとしていた。

 大蛇のようにうねる魔力は力を増して、祭壇をビリビリと振動させていた。

「レイナちゃん、早く!」

「はい、すでに準備は出来ています」

 レイナはサティの元へと足を向けると、手をかざした。

「ぐ……」

 サティも必死にもがいていたが、早かったのはレイナだった。サティのかたわらに座ると、レイナは頭をわし掴みにした。

 意を決したようなレイナの表情に、思わず心臓が高鳴った。

「レイナ、おまえ……サティを殺す気なのか」

 

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