魔王を倒して故郷に帰ったら、ハーレム生活が始まった

スタジオ.T

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第110話 君が死ぬくらいなら

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 サティはあの一撃で戦いを終えようとしている。
 膨れ上がった鉾は、今まで以上の魔力を誇っている。『不死アムリタ』がまともに機能しなくなっている今のレイナでは、あの攻撃を受け止めきれない。

「やばい、間に合わない! ニック、俺がほこを止めるからレイナを頼む!」

「はぁ!? 俺も行くのかよ!?」

「任せた!」

「ちくしょう! 行けなんて言うんじゃ無かった!」

 舌打ちをしたニックが『透明』の異端を使ってレイナに向かっていく。だが、彼のスピードでは間に合わない。

 このままだと、先にサティの鉾が直撃してしまう。

索敵サーチ……!」

 迷うな、そう自分に言い聞かせる。
 鉾から放たれる眩く輝く光が、溢れ出した水で反射して視界を白く染めていた。その近くまで回り込んで、ほこを囲う強いイメージの箱を描く。

 全身を切り裂かれ倒れているレイナは、顔を歪めて俺のことを見た。

「ア、んくさま……いけません。だめ、です」

「大丈夫だ! とりあえず今は逃げろ!」

「いけませ、ん。だめです、あなたは、こっちにきてはだめで……す……!」

 レイナの言葉が魔力の奔流でかき消える。
 光の洪水が、視界を真っ白に染めていく。目を開けていられない。準備を整えたサティの魔法が、太陽のように光り輝いていた。

 女神である彼女はレイナに向かって、容赦ようしゃなく天罰を下した。

「天の魔法、苦痛には死をイレイズトリシューラ

 目は開けなくても良い。イメージは出来ている。頭の中で空間は捕捉出来ている。
 あとは、1秒でも長く、レイナが逃げる隙を作ることだ。

固定フィックス!」

 サティから打ち出されたほこの動きを止める。イメージの箱は巨大な鉾を捉え、その時間を停止させた。

 瞬間。
 
 ——————びきびきびきびきびきびきびき
 
 頭の中で音が鳴る。

「ぐ……あっ……!」

 イメージの箱は鉾から放出される魔力によって、あっという間に壊されていく。普段の何倍もの魔力を注ぎ込んでいるためか、痛みとなって反動が返ってくる。

 みしり、みしりと魔力炉が悲鳴をあげている。下腹部が熱く、壊れるほどに燃えている。

「くそっ、ほんとに嫌になる……!」

 止められた時間は1秒か、それ以下か。

 まだ足りない。
 もう1度、もう1度、もう1度。
 何度跳ね返されようとも、固定魔法で鉾を覆う。壊される。反動が返ってくる。


 ——————びきびきびきびきびきびきびき


 その一瞬は俺にとっては永遠にも感じられた。発動した固定魔法はことごとく打ち破られて、鉾は地面に直撃した。

 その衝撃は言葉では言い表せないほどだった。
 離れた場所にいた俺ですら、衝撃波で壁際まで吹っ飛ばされた。轟音と共に、地面が崩れていく。

「っ!!」

 暴風と爆煙が舞う。
 立っているのがやっとという中で、サティのほこは的確にレイナがいた場所を穿うがち、周囲を跡形もなく消滅させていた。まさしく神の暴威ぼういと呼ぶにふさわしい魔法が、目の前の地面を焼きつくしていく。

 ザザザザザと音を立てて、ぽっかり空いた虚に水が落ちていく。宙に浮かんだサティは俺に視線を向けていた。

 彼女は呆れたような、落胆らくたんしたような顔で俺を見ていた。

「アンク……」

「サティ、悪いが、俺はレイナが殺されるのを黙って見ているわけにはいかない」

「そうか、君はそっちを選ぶのか」

 口を開こうとすると、サティが手をかざした。


 ——————びきびきびきびきびきびきびき


 さっきよりも強い。
 途端に右腕に激痛が走った。骨がきしみ、肉ががれていくような痛みが、俺の腕を襲った。

「ぐあああぁああああああ!!」

「黙って見ているなら、何も言わなかったのに。残念だよ、君は英雄であることを放棄するんだね」

 いたい、いたい、いたい、いたい。

 ほこで貫かれた訳でもない。魔法で攻撃させられた訳でもない。ただ焼け付くような痛みが襲っていた。

「考えなおすなら最後のチャンスだよ。私が『異端の王』を殺すのを黙って見ているんだ。それだけで良い」

「そ、それは……できない!」

「強情だな、君も。これはだ」

「あぁああああああああ!!!」

 激痛が一層強くなる。意識が飛びそうになるほどの痛み。かすむ視界で、右腕に目をやると、肉がべろりと剥がれ落ちていた。

 腐れ落ちたラサラの腕を思い出す。

「君の魂は女神である私が握っているんだよ。逆らうというなら容赦はしない。君をプルシャマナで活動することを許可している『死者の檻パーターラ』を解除する」

「パ、死者の檻パーターラ……?」

「そうだ、当然だろ。君は一度死んでいるんだから。身体は新しくても、魂はそのままなんだから」

 ……そういうことか。ようやく全てを理解する。
 サティが俺をこの世界に生まれ変えらせた魔法は、『死者の檻パーターラ』だったのか。

「最初に言ったよね。そういう契約で、君がこの世界にいることを許すと。私を裏切ることは許さない」

 だから、これは契約違反。
 女神に逆らえば、当然、命は没収される。

「アンクさま!!」

 レイナの叫び声が聞こえる。彼女が駆け寄ってくる姿が見える。

 次は左脚ががれ落ちていく。原型を失い、ラサラと同じように水になって溶けていく。

 いたい。いたい。いたい。

「アンクさま、ダメです!! あの人を裏切ってはいけません!!」

 脂汗あぶらあせがとまらない。叫び声を出すことも出来ない。痛みで意識が遠のいていく。

『……あの』

 頭の中でカラカラと音がなる。
 フィルムが回って、まぶたの裏側がスクリーンのようになって映像があらわれる。
 
 寒い雪山とほのかな明かり。忘れていた記憶が蘇ってくる。あの時、何があったか。彼女が何を言ったかが、浮かび上がってくる。

『あなたはわたしを殺せますか』

 ————答えは今でも変わらずノーだ。君が死ぬくらいなら、俺が死ぬ。

 
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