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第95話 踊り場での戦い
しおりを挟む一直線に飛んできた矢をイメージの箱で止める。軌道が単純なボウガンは、俺の手前であっさりと停止した。
「固定!」
空中で止まった矢を地面に叩き落とす。
身を翻して、ラサラの動きを止めようとしたが姿が見えない。踊り場中に広がった黒い魔法は、時間が経つごとに濃くなっていた。
「ぐ……!」
身体の様子がおかしい。腕に鉛を巻いているかのように重く、呼吸も苦しい。
おそらくラサラの催眠の効果だ。察するに器官から入り込んで、魔力炉まで侵入して相手の力を奪う魔法のようだ。下手をすると、ニックのように操られてしまう。
「ナツ、パトレシア、下がってろ!」
「ううん、大丈夫! むしろ早く仕留めた方が良いよ、階段の方にまで魔法が広がってきている!」
「くそっ面倒臭いな……!」
後方にまで広がった魔法の霧は、ナツたちの姿まで隠そうとしている。際限なく広がる魔法は時間が経てば経つほどに、厄介なものになりそうだ。
「索敵」
まずは敵を捉える。
視界がおぼつかない以上、敵の動きをとらえなければ勝機はない。
どこだ。
どこだ。
天井付近を移動するラサラの姿を発見する。俺の固定魔法を警戒しているのだろうか、なかなか1つの場所に留まってくれない。
……密度の濃い霧の中を歩いている1つの人影もあった。催眠魔法を気にせずに悠々と歩いているのは、サティしか考えられない。
「呑気なやつだ。仕留めるんなら、仕留めてくれよ」
そう言っている間に後方からニックのボウガンが急接近してくる。
「ナツ! 9時の方向だ!」
「地の魔法、そびえ立つもの!」
ナツの魔力が俺の足元付近で膨れ上がる。
床の石畳が盛り上がり、土が露呈する。高波のように膨らんだ魔法の土は、ニックの矢を弾いた。
土の波は直進して、ボウガンを構えていたニックを飲み込んだ。
「ぐえっ……!」
「ごめんね。ちょっと大人しくしていて」
潰れたカエルのような声を出して、ナツによって後方まで吹き飛ばされた。動きを封じられたニックは、土の下敷きになってぐったりとうつ伏せになった。
「ナツ、ナイス!」
「よし! ……あれ?」
続いて攻撃を放とうとしたナツが、膝を付いて座り込んだ。
「ちょっと息苦しく……」
「下がっていろ! 催眠だ!」
霧がますます勢いを増している。手こずっている暇はない。一気に勝負に出る。
「パトレシア、4時の方向、40度の高さに直進!」
「うん!」
だがこっちもナツに攻撃を仕掛けて動きを緩めたラサラを、完全に捕捉した。
今がチャンス。動きを止めて、一気に仕留める。
「固定!」
固定魔法で魔法の霧の動きを止める。霧の動きを止めパトレシアが通る一直線の道を作り出し、その奥にいるラサラごとイメージの箱で覆う。
全身を霧状に変化させたラサラの身体は、天井付近で動きを封じられていた。
「とらえた!」
「空の魔法 雷電の舞……!」
眩く明滅する雷電。
パトレシアの身体を纏い電撃が走る。全身を黄金色に染めた彼女は、バネのように跳んだ。
俺が作り出した固定魔法のルートを、パトレシアは一瞬で移動した。
「やぁああああ!!」
拳を振り上げて距離を詰めたパトレシアは、ラサラのふところに向けて全力の攻撃を放った。目にも留まらぬ高速の攻撃に、ラサラは防御もままならない。
……はずだった。
「ん?」
上空のパトレシアが首をかしげる。
手応えがないという感じで、拳は宙に浮いていた。常人では捉えきれないはずの速さで跳んだパトレシアは、涼しげな顔をするラサラの横で拳を空振りさせていた。
「残念、良いパンチでした。けれど、私には効かないですね」
「やっばっ……!」
空中に浮いて無防備になったパトレシアが顔をひきつらせる。霞をつかむようにすり抜けたラサラの身体が、パトレシアの腕を蛇のように這う。
黒い催眠魔法がパトリシアの身体を覆っていく。
「ごめん! 残影だったみたい!」
「パトレシア!」
「操られても優しくしてねー」
「そういう問題じゃないだろ……!」
こうなったらパトレシアごと固定して、一気に引き戻すしか無い。黒い魔法がパトリシアを埋め尽くす前に、最大限の魔力を増幅させる。
「間に合うか……!?」
完全に俺の下策だ。
このままだとパトレシアを取られる。
バチン!
魔法を発動させようと手をかざした時、ちょうどパトレシアの真下の霧が爆発するように弾け飛んだ。閃光弾のような光と共に現れたのは、光の鉾を構えたサティだった。
「天の魔法、罪には罰を」
上空へと勢いよく射出していく鉾。耳をつんざくような轟音とともに、放たれた魔法は、まばたきする暇もなくラサラの近くまでたどりついていた。
直撃の寸前、光に照らされてラサラはバカにしたように笑った。
「私にそんな攻撃は効かないって、今見たばかりではないですか」
サティはその笑みにも不敵に返した。
「驕るなよ、死者が」
「…………っ!」
鉾の先端が身体にかかった瞬間、ラサラの顔がサッとくもった。
「まさか……!」
「君の残影は見切った」
すり抜けるはずだった鉾は、ラサラの肩を貫き、壁に串刺しにしていた。ブスリと確かに肉を切り裂く音が周囲にこだました。
「ああぁああっ……!」
真っ赤な鮮血が壁に飛び散る。ラサラの悲鳴が室内に轟くように反響する。
間髪入れずに、もう1つの閃光がサティの手元で発光する。ラサラの心臓に向けて、鋭い矛先が輝いている。
ラサラに鉾を向けながら、サティは脅すように言った。
「早く魔法を解くんだ。さもないと魂ごと消滅させる」
「……あなたたちの言うことなんて聞くわけないじゃない。どうぞ、魂でも何でも勝手に殺してくれて構いません」
「腐りきった魂のくせに、そこまで傲慢になる意味があるのか?」
サティに鋭い矛先を向けられながら、ラサラは笑いもせずに彼女の言葉を聞いていた。そんな彼女にサティは一言、見知らぬ言葉を放った。
「死者の檻。ラサラ、君は1度死んで生き返ったな」
「……どうして、それを」
「教えてあげるから。ほら、早く降りておいで。取っておいたオヤツを分けてあげよう」
サティはふところからドーナッツを取り出すと、半分に割ってラサラの方へと差し出した。身動きもせずにその様子を見ていたラサラは、弱々しく息を吐くと発動していた魔法を解いて地上へと降り立った。
蝶が舞い降りるように、優雅な態勢でラサラは俺たちの目の前に着地した。
「そうですね。あなたの言う通り、とっくに意味はありません。私にとっては全て過ぎ去ったことです。だから……敵意を振りかざす意味すらもありませんでした」
彼女は俺たちに向かってぺこりとお辞儀をした。
「ご無礼を。見知らぬ旅人」
「……お前は、本当にラサラなのか」
「あら、あなたたちの方は私のことを知っていたみたいね。ずいぶんと良い素体。時が時だったら、身体の隅々まで調べ尽くしたいくらい」
「レイナの同居人だ。彼女を救いにきた」
「レイナ……。あぁ、もしかして、あの娘に名前をつけてくれた人ですね」
自分の長い髪をくるくると指で弄びながら、嬉しそうに笑った。
「そう、それは随分と業が深いことをしたんですね」
「何を……言っているんだ」
「そのままの意味ですよ。さぁ、私は降参しました。早く、この肩の鉾を取ってください」
サティが頷くと、ラサラの肩を貫いていた鉾が霧散した。
血が勢いよく地面に零れ落ちたが、ラサラは平然とした顔つきで羽織っていたローブで傷口を縛った。
「話をしようというなら、何か飲み物はないかしら。随分と長い間、何も飲んでいような気がするの」
平然とした顔つきで言ったラサラは、俺が映像の中で見たときと全く同じ姿で、時間がとまったように全く年をとっていなかった。
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