上 下
108 / 220

【終わらない日々(No.02.1)】

しおりを挟む

 あれから何日? 何週間? 
 ……どれくらいたったのだろう。私の日々は終わることが無かった。3日に1度、牢屋ろうやから出されて、私は血の儀式を受ける。

「ぁ……ぅあぁあ!!」

 嬉々ききとして血を受け入れる078とは対照的に、私は必死にこばみ続けた。流れこんでくる思考を身体の中から追い出そうと、耐え続けた。苦痛を苦痛として感じるように、死に物狂いで叫び続けた。

「ど、どうして……受け入れないの? 辛いだ、けじゃない?」

 078は不思議そうに問いかけてきた。

「じ、自分の心を空っぽ、にして、しまえば良いのに。そう、すれば、難なく受け入れるこ、とができ、るよ。もうすぐ『かんさ』だし、017も外に出たいでしょ。良い子にして、れば……出られるよ」

「……外には出たいけど、受け入れるのはいや」

「へ、変なの。頑固がんこな、のね。どう、せ誰も助けに来てくれ、ないのに」

「…………」

 078の言うことはもっともだった。こんな地下の奥深くまで、私たちのような孤児を助けに来てくれるような人は存在しない。
 
 私たちはもともと人々の目に止まることはなく、きっとこれからも誰にも見つかることはない。

「でも、私には弟が待っているから」

 私にはこの世でたった1人の家族がいる。私の助けを待っている大切な人がいる。078はそれを聞くと、心配そうに言った。

「お、弟がいる、のね……そっか、死んでいないと良いね」

「死ぬ? ここで人が死ぬの?」

「死ぬ、よ。当然、じゃない?」

 078は当たり前のことのように言った。

「あぁ、そっか……017はま、だここで死んだ人を見たことがないんだね」

「子どもが死ぬの?」

「そう、血の儀式の過程でね。教祖さまの魔力、を受け入れられない子は、壊れちゃうんだって。あなたの前の017は、そうやって死んじゃったよ。身体がな、くなっちゃったんだ」

「そんな、どうして……」

「分、からないけれど、ここでは、子どもが良く死ぬよ。だから、あなたも早く血の儀式に慣れた方が良いよ。そっちの方が長く生き、られるからね」

 彼女の言葉にゾッとするような寒気が襲ってくる。

 死ぬ?
 私が? 弟が?

 弟とは最初の血の儀式以来、会えていない。
 血の儀式に臨む時は、ラサラとバイシェ、他の黒頭巾、そして078と教祖以外の人間は見たことがない。

 他の牢獄の子どもたちはたまに「うぅ」とか「あぁ」とか、うなり声を発するばかり。ひょっとしたら、その中の1つが弟かもしれないと思うと、私は気が気ではなかった。

 あの子は無事だろうか。
 
「別に人が死ぬ、なんて、不思議……ではないよ」

 彼女が言っていた通り、叫び声は減っては増えて、増えては減っていた。
 教祖たちはそのたびに、新しい子どもたちをさらってくるようだった。イザーブ周辺のみならず、他の国々からも孤児たちを買ったり、奪ったりしていると078は言っていた。

「あなたの前は……買われてきた奴隷だったね。その前は、イザーブの孤児、その前の前はダイス皇国……の生き残り……って言っていたわ」

「みんなどこに行ったの?」

「一人残らず、死んだ……よ。儀式に耐えきれなかったみたい……」

 なんてことはないという風に078は言った。まるで死ぬ方が悪い、とでも言いたげな顔だった。

「そんなことをして、ここの人たちは一体何が目的なの?」

「教祖さまも、ラサラ、さんもバイシェさんも、異端者だって言っていたよ。『異端の王』とか言、っていたけれど……あの人たちは自、分の仲間を増やしたいんだと思うよ。ほら私も徐々に魔力炉が違うように変わっていったの……」

 そう言って彼女はドス黒く染まりつつある自分の下腹部を見せた。

 078の魔力は血の儀式を経るたびに、徐々に黒いものへと変質していっているのが分かった。教祖の血を食べるたびに、黒い魔力が彼女を侵食していた。

「ラサラさんが言っていたん、だけれど、私も特別な魔法が使えるようになるかもしれないんだって。そうしたら、こ、こから出して、もらえるんだって」

 ラサラはそう言うと、自分の後ろ髪を指さすと、手を触れずに動かしてみせた。髪の毛には魔力がまとわれている。

「ほら、見て。わ、私も少し使えるようになったの、異端魔法」

 彼女の言う通り、自在に髪の毛を動かす魔法は5大魔法とは違うものだ。彼女は血の儀式を経て、この魔法に覚醒かくせいしたと言っていた。

「これが、あの人たちの目的ってこと?」

「知らない。でも1年、に2回じゃなくて、毎日、外に出られるんだって、それって素敵じゃない?」

 078は次も、その次も教祖の血を受け入れていた。

「は、早く、ください」

「おね、がいです」

「もっと、もっと、血を、ください」

 様子がおかしいと感じたのは血の儀式の回数が10を超えた辺りだった。078の瞳はぽっかりと空いた穴のようになり、焦点すら合わなくなっていった。

「血、を、人が」

 彼女の身体を使って、違う誰かがしゃべっている。そんな不気味な感じだった。最初に私と会った時はまともに話せていたはずの彼女は、だんだんと壊れた人形のようになっていった。

「に、くい。あつ、い。ころし、たい」

 私が牢獄の中で吐き気をこらえてうずくまっていると、078の牢獄からそんな声が聞こえるようになった。

 おかしい。
 彼女が壊れ始めている。

 さらに幾つかの血の儀式が終わった時には、078はもはや話すことすら出来なくなってしまっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...