上 下
98 / 220

第86話 イザーブの魔物

しおりを挟む

 数歩、瘴気の中に入っただけで、俺たちは魔物達に完全に包囲されてしまった。

「まずいな」

 殺したくないとか言っている場合では無い。仲間を殺されたことで、芋虫型の魔物達は高ぶっている。ぐるぐるぐると低い呻り声が、いたるところから聞こえてきている。

「囲まれた。全部、殺すのも気分が悪い」

「わ、私も虫嫌い……。ナツちゃん、任せても良い?」

「うん、もちろん!」

 パトレシアが俺の後ろでプルプルと震えている。虫が相当嫌いなようで、倒れている虫から視線をらしていた。

「ちょっと下がっててね」

 後方にいるナツからオレンジ色の魔力が勃沸ぼっぷつした。地を滑るように地面に張り巡らされた魔力が、蒸気孔のように噴出して大地の形を変えた。

 ズズズズズ、と低い音を立てて足元の地面がうなる。

「地の魔法、そびえ立つものプリティブ・ムル

 俺たちを取り囲むように土の壁が出来ていく。敵からの攻撃を阻む高い壁は、はるか前方まで展開した。

「走ろう!」

 ナツが叫んだ。
 突然、大地の壁が出現したことに虫たちも混乱しているようだった。ガンガンと壁に突撃している音が聞こえる。ボカリと空いた穴から真っ赤に染まった敵の複眼が確認出来た。

「きゃーー、虫きらーーい!!」

 壁の上を飛び越えてきた魔物を、パトレシアが攻撃した。手から出現させた雷電の束が、次々と敵を感電させて動きを止めていく。

「空の魔法、雷電の舞クードフードル!」

 霧で真っ白な視界を、パトレシアの魔法が照らしていく。雷光で明滅する視界の中で見えたのは、今自分たちがいる場所が深い森の一端でしかないことだった。まだ、敵がそこら中にいる。

「このまま行くと、迷いそうだな!」

「大丈夫、方向感覚は分かるから。私、地元だし! ナツ、次、右だよ!」

 パトレシアが叫ぶと、ナツが魔法の軌道を変えた。敵を避けるように蛇行だこうしながら、土の壁を張り巡らせていく。

「なんだ、意外使えるじゃないか。君たち」

 サティが2人のコンビネーションを見ながら、感心したように言った。
 木々の間を抜けるたびに、森はどんどんと暗く鬱蒼うっそうとしたものになっていた。木洩れ日は姿を隠し、気味の悪いベトリとした湿気が一層肌にまとわりついた。

「パトレシア、次はどっち!?」

「右……多分!」

「多分!?」

 土の壁が右方向に曲がる。目の前に現れた芋虫の動きを固定魔法止めて走り抜ける。

 もうかなりの距離を走ってきた。
 そろそろ、立ち止まって様子を見たい。そう思った時に、木々の間から広い空間が現れた。

「広場……か? なんだあれ?」

 視界の端に壊れかけの看板をとらえた。それを指さして、パトリシアが言った。

「ついた! このあたりが孤児院の近くだと思うよ!」

「良かったぁ……。私もうへとへと……」

 走りながら魔法を展開していたナツが魔法の勢いを止める。芋虫の呻り声はまだ聞こえてくるが、この距離なら問題ないだろう。

 ホッと息をはいて、円形の広場の中心部までたどり着いた時、展開していた索敵サーチが異変をとらえた。

「……待て!」

 巨大な飛行物体が接近してくる。かなりのスピードで一直線に近づいてくるということは、完全に俺たちを狙ってきた。
 姿はまだ見えない。スモッグのような瘴気は一層濃くなっていて、視界不良は続いている。

 俺の後ろにぴったりとくっついたパトリシアが、不安そうにつぶやいた。

「これ、ちょっと今までの奴とは違うみたいだね」

「厄介だな」

「羽ばたく音が聞こえてくる……」

 バサッ、バサッと音を立てている正体が近づいてくる。その羽ばたきは立ち込めていた瘴気を飛ばし、自らの正体を明らかにした。

……!」 

 見えてきたのは俺たちの数十倍はあろうかという巨大な体躯たいくと、まっすぐに広がったベージュ色の羽だった。

「あいつらの成虫か!」

「ひゃあああ! 気持ち悪ーい!」

 パトリシアの魔力が湧き上がる。凄まじい勢いの電撃が、空を走り羽ばたく蛾の方へと向かった。

 光で視界が白く染まる。
 しかし、バリバリッと轟音が聞こえるほどの雷撃を、魔物は羽を使って強い風を発生させて霧散させた。

「ahhhhhhhhhhh!!」

「あれっ、効かない!?」

「……やばい!」

 声をあげて、3人に注意を促す。
 怒り狂った成虫が突撃してくる。鋭く尖った歯は、気味の悪い緑の液体を滴らせていた。

 毒液。
 あんなものを食らったら、ただでは済まない。

固定フィックス!」

 イメージの箱を展開して、成虫の動きを止める。後退したいが、幼虫たちも迫ってきている。ここでケリをつけなければ、事態は一向に悪くなるだけだ。

 焦る頭で次の作戦を考えていると、俺の前を颯爽さっそうとサティが走っていた。

「やれやれ、こんなやつに手こずっていたんじゃ困るな」

 彼女の行動は、時間が跳んだのではないかと思えるほどの一瞬だった。青い髪をたなびかせた女神が放ったのは、瞬き1つでカットが変わったような、超速の攻撃だった。

「天の魔法、罪には罰をトリシューラム
 
 出現したのは巨大なはこ
 彼女が魔法を唱えたと思ったと同時に、光の先端は成虫を貫いていた。ぐしゃりと肉を切り裂く音を立てて、成虫は地上にちた。

「Gyaooooooo!!」
 
 苦悶の叫びをあげて成虫は落下した。深く刺さった光の鉾は、的確に敵の急所を貫いていた。口から垂らした緑色の液体が、荒れ果てた地面の上で気色の悪い水たまりになっていく。

「すごい……」

「このくらい当然さ。ほら、後ろから芋虫ちゃんが来ている。先に進むよ」

 サティはすたすたと霧の方へと進んでいく。
 呼吸を落ち着けて、俺たちも彼女の後ろをついていく。

 瀕死の成虫は、虚ろな目で地面に倒れていた。ぐったりと羽を横たえて、泡をふいた成虫は低い声で唸っていた。

「…………ナ」

 その声は何かを訴えているようにも、叫んでいるようにも聞こえた。耳を澄まして聞こうとしたが、何を言っているかはやはり分からなかった。

 無残な姿で横たわった魔物の成虫は、しばらくすると声を発しなくなり、凍ったように動かなくなった。あっさりと絶命した成虫を前にして、追いかけてきた幼虫たちも俺たちを追うことをやめて去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

俺だけ成長限界を突破して強くなる~『成長率鈍化』は外れスキルだと馬鹿にされてきたけど、実は成長限界を突破できるチートスキルでした~

つくも
ファンタジー
Fランク冒険者エルクは外れスキルと言われる固有スキル『成長率鈍化』を持っていた。 このスキルはレベルもスキルレベルも成長効率が鈍化してしまう、ただの外れスキルだと馬鹿にされてきた。 しかし、このスキルには可能性があったのだ。成長効率が悪い代わりに、上限とされてきたレベル『99』スキルレベル『50』の上限を超える事ができた。 地道に剣技のスキルを鍛え続けてきたエルクが、上限である『50』を突破した時。 今まで馬鹿にされてきたエルクの快進撃が始まるのであった。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

処理中です...