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第85話 荒れ果てた道
しおりを挟む大人数で旅をするというのは、意外にも楽しかった。のどかな道も、どこの飯屋で食事を取るかや、どの部屋割りにするか何ていう話は、どこか旅行にでも来ているみたいだった。
「ねー、アンク食べてみてー。すごく美味しいよ!」
「アンクー、これこの辺で取れる宝石らしいんだけど、リタに買ってあげたら喜ぶかしら」
道すがら宿泊するところは探さなきゃいけないが、道中、立ち寄るところが多すぎる。若干到着の予定が押し始めているが、無邪気な2人を無下に扱うことはどうしても出来ない。
「浮かれているな、まずいまずい」
自制するために、自分の頬を強く叩く。
そこまでのんびりしている時間はないはずだ。だが、そんな俺を見ながら、サティは呑気に言った。
「私は構わないよ。むしろ大変なのはこれからだ。君は少し無理をし過ぎるところがあるし、彼女たちがいるっていうのはむしろ良いことなんじゃないか」
「でも、早く行かなきゃ……」
「そういうところだよ。君の悪いところは。世界の全てを君が背負っている訳じゃないんだ。だからもう少し気を楽にしても罰は与えないよ。ただの家出だろ」
女神がそういうなら少し安心は出来る。けれど、早る気持ちはどうしようもない。レイナを見つけるまで、俺はゆっくり休むなんて訳にはいかない。
「罰とかそういうのじゃないんだ。俺のケジメみたいなもんだよ」
「真面目だねぇ……」
はしゃぐナツとパトレシアと俺を見比べながら、サティは呆れたように言った。それでも性分だから、しようがない。今の俺はレイナが心配でほとんど落ち着くことなんて出来なかった。
元来、心配性なのかもしれない。
幸いにも道中、魔物や盗賊に出くわすなんてことはなく、順調に進んでいくことが出来た。魔力や体力を消耗することなく、俺たちはイザーブの1歩手前、ハインツ村というところまで到着した。
イザーブへと繋がる道を見ると、そこは幾重もの鎖と魔導石による結界が貼られていた。
「通行禁止?」
「あぁ、そうだ。原因不明の霧が出て、誰も近寄ることが出来ねぇんだ」
村で1番大きい酒場で聞き込みをしていたところ、イザーブへの道についてこんなことを言う男がいた。どうもイザーブへと繋がる道が、現在、通行不能な状況になっているらしい。
「でも、霧ならこの辺、しょっちゅう出ているわよね」
パトレシアは首を傾げながら言うと、男はため息をついて切り返した。
「ただの霧じゃねぇ。瘴気だ」
「瘴気……? まさかイザーブの瘴気がここまで流れてきているのか」
「本当だよ、本当。この前だって俺が貸した馬が、瘴気にやられて魔物化したんだよ。ちくしょうが」
ビール瓶を叩きつけるようにテーブルに置いて、男は吐き捨てた。どうも冗談をいっているようには思えない。
「おい、サティ。おまえ、この前ここまで来たんだよな。瘴気なんてあったのか?」
「無いよ。おそらく、つい最近の話だろうな」
「……まさか『異端の王』が完全復活したとか」
「そこまでは分からない」
そうなるとかなり面倒だ。
瘴気は人間に対して直接的な害は無いが、他の生き物に対しては抜群の効果を発揮する。馬車の馬が吸い込んだだけで、魔物化する濃度なら、今の孤児院周辺は魔物だらけになっていると言っても過言では無い。
「悪いことは言わねぇ、やめときな」
「……そうか、情報ありがとう」
悪態をつく老人に、いくつかの銀貨を置いていって酒場を出る。時刻は昼。イザーブに行くとしたら、なるべく早い時間の方が良い。瘴気が立ち込める道を、夜歩くというのは非常に危険だ。
「どうしよっか……?」
イザーブへと続く荒れ果てた道を見て、ナツが困った顔でつぶやいた。
「どちらにせよ行くしか無いだろうな」
「だよね、だよね。私も頑張らなきゃ」
「安心しろ。魔物が出てこないかどうか、ちゃんと警戒しておくから」
イザーブへと続く道に目を向けると、視界を曇らせる濃い霧で覆われていた。見通しが悪い道は、魔物にとっては絶好の奇襲場所だ。
「索敵」
こういう時こそ、この魔法が役に立つ。
視覚に頼らずに、あたりの魔力の揺らぎを感じ取る魔法。固定するための位置情報の把握と同時に、警戒の役目も果たすことが出来る。
「行こう」
魔法を行使しながら、濃い霧が立ち込める森の中へと入っていく。少し歩いただけで視界がホワイトアウトしていく。何も見えなくなる恐ろしさはあったが、こんなところで立ち止まる訳にはいかない。
地面は、ゴツゴツ穴だらけで人の手が入っていなかった。昔は出店で賑わっていたはずの通りは、今ではぼうぼうと草木が無造作に生えていた。
俺のすぐ後ろにくっついて歩くパトレシアが、震えた声で言った。
「……まさか、ここまで強い瘴気が立ち込めているだなんて。イザーブ自体は結界で封じられているはずなのに」
「やっぱり様子がおかしいな。これじゃ目的地が分からない」
「ねぇ、もうちょっとくっついても良い?」
「良いぞ」
「あ、ずるーい」
後ろの方からナツの抗議の声が聞こえる。こればっかりは仕様が無いので、パトレシアの身体をぐっと引き寄せて、ぴったりとくっついて歩く。
お互いの姿を見失わないように、一列で手をつなぎながら慎重に進んでいく。じゃりじゃりという地面を踏む音が、やたらに大きく緊張感を増すように響いてくる。10分ほど進んだところで、パトレシアが疲れ切ったように声を発した。
「方向感覚が分からないね……」
「しっ、何か来る」
その時、すぐ近くを大きな巨体が横切った。
耳を澄ますと、呻り声が聞こえてくる。地面を踏みしめる音も、近く……さらに近く……。
「パトレシア、ナツ、俺の近くに」
「う、うん……」
瘴気の出る場所に魔物が出るのは突然だ。
正体は分からないが、おそらく人間とは思えない。俺は手のひらに魔力を集中させて、来たる襲撃に向けて備えた。
1、2、3。
呼吸の頻度から考えると、あと4秒。待ち構えた敵はその瞬間に攻撃してくるはずだ。
予想通り俺たちの近くに潜んでいた巨体の魔力が一気に高まる。森の暗がりから敵がジャンプしてきた。
「ahhhhhhhhhh!!!」
奇妙な叫び声を出して向かってきたのは、巨大な芋虫だった。鋭い牙をむき出しにして向かってきた虫は、全身を毒々しい紫色で染めていた。
「固定!」
敵の胴体の動きを止める。
身体の支点となる部分を止めてしまえば、敵は空中で身動きを取ることができない。
「サティ、頼む!」
「天の魔法、罪には罰を」
後方から飛んできた光の鉾が、魔物の身体を貫く。胴体から緑の液体が飛び散った。ぶしゅうううというガスが抜けたような音がすると、液体が地面に滴り落ちた。
「サティ、助かったよ……こいつは今まで見たことがない魔物だ」
「油断するな。まだ来ているぞ」
サティが注意を促す。
再び索敵を開始すると、俺たちの周りを取り囲むように同じ種類の魔物がいることを捉えていた。
「ちょっと多いな……」
1人で対処出来る量を考えると、少し多い。不用心に進みすぎたことを、俺は後悔し始めていた。
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