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第84話 うさぎさん、うさぎさん

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 カルカットからイザーブまでの道のりは、途中まではいたって単純だ。北の方へと国道を進んでいけば良い。途中の関所を超えて、他の国をまたぐことになるが、旅人に友好的な国なので行き来は比較的簡単だ。

 問題はイザーブ周辺になってからだった。
 都市が魔物に襲撃されて以降は、イザーブは誰も寄り付かない廃墟になってしまった。瘴気の残り香に当てられた魔物がふらふらと行き交う旅人にとっては危険な地帯だ。

 今回、目指す孤児院はそのイザーブの近くになる。
 本来は緊張感を保ちながら、進んでいくはずだった。

「あ、見て見て。あんなところにパルパムウサギが……!」

「きゃー、かわいー!」

 パトレシアとリタが、緊張感のかけらも無い様子で小動物に駆け寄っていく。

 どこまでも広がる緑色の平原の上で、2人はピクニックに来ているような様子だった。たんぽぽのような花が咲き誇る花畑で、楽しそうに小動物を追っかけている。

 今はパルパムウサギという、ぷくぷくと太ったウサギにナツとパトレシアは夢中になっていた。パトレシアはパルパムウサギを捕まえると、自分の胸の上で抱きかかえた。

「ナツちゃん、知ってる? パルパムウサギって、ほっぺたを突っつくと耳が引っ込むんだよ」

「ほんとだ、すごーい! アンクも来てよー」
 
 ぷるぷると震えるパルパムウサギをいじりながら、2人は俺を手招きした。

「やれやれ……」

「焼いたらうまそうだな」

「お前もやめておけ」

 火をかざしたサティを止める。
 どいつもこいつも気が抜けている。レイナを救出に行かなきゃ、という切羽詰まった感じで飛び出したのに、どうも気がゆるんでいく。

 そんな俺の様子を見て、サティは呑気にイカ焼きをかじりながら言った。

「きっと2人は君をリラックスさせようと思っているんだよ。表情も切羽詰まっていたし、余裕が無かった。口には出していないけれど、君がめちゃくちゃ焦っているのは、私にでも分かるよ」

「焦るのは仕様がないだろ。ただでさえずっと寝込んでいたんだ」

「焦ってことに当たっても、良い結果には結びつかないよ。重要な選択こそ、余裕を持って当たるべきなんだ。ほら、パルパムウサギでも触っておいで」

 サティは俺のことを押し出すように、2人の元へと向かわせた。ナツとパトレシアは、静かな草原の中でにこやかにパルパムウサギとたわむれていた。

 焦るな……か。
 昔、師匠にも同じことを言われた気がする。こればっかりは何度生まれ変わっても治らない性分らしい。

「きゃー、見てー、お腹が膨らんだー!」

「人参食べると、おとなしくなるんだね。まるでリタみたい」

「これのヒゲって、媚薬の材料になるらしいよ」

「一本もらっておこう……」

 パトレシアが怪しい笑みを見せてヒゲを抜くと、パルパムウサギはますます膨らんだ。

「きゃー、怒ったー」

 ……不穏な考えも小動物と戯れている2人を見ていると、馬鹿らしくなってきた。膨らんだお腹を見せて、パルパムウサギは確かに可愛らしく、ぬいぐるみが転げているみたいだった。

「しょうがない。ちょっと付き合ってやるか……」

 1つため息を吐いて、2人の元へと駆け寄る。ちょっと表情を緩めて、戯れていれば2人も安心するだろう。何てことはない。パルパムウサギとやらのお腹をちょっと撫でたら、すぐに出発しよう。

 歩いてくる俺の姿に気がついたのか、パルパムウサギが近寄ってくる。

「ぷにゅー!」

 パルパムウサギが顔を膨らませて、奇妙な鳴き声をあげながら俺に飛びついてきた。

「これは……」

 想像以上の柔らかさだ。このまま枕にしても良いくらいの、圧倒的な抱き心地と安心感だ。それに触れているうちに、カッカしていた頭が冷えていく。

「焦っても意味はないか。サティの言う通りだな。疲労がたまるだけだ」

「アンク、耳触ってみてよー」

「おぉ……」

 このあとむちゃくちゃ癒された。
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