94 / 220
第82話 リタ、しばらく街を離れる
しおりを挟むナース服から元の洋服に着替えたリタは、俺の隣に座りながらおかしそうに笑った。
「嘘。へー、嘘だったんだ。その『ナース服姿の女の子と看病ごっこをしながら密着していないと死んじゃう病気』って」
「白々しいセリフを言うな。もともと知っていただろうが……」
1日で3人を相手にした俺を褒めて欲しい。
外はすっかり夜が開けていて、眩しい朝日が窓から差し込んでいた。その太陽に向かって気持ちよさそうに、リタは身体を伸ばした。
ほっそりと鍛え上げられた身体が、太陽に照らされて美しいラインを際立たせていた。彼女は眩しそうに目をパチパチとしながら言った。
「ごめんね、3番手だったし、一応合わせた方が良いかなと思ってさ」
「合わせる必要は全くないぞ。そこまで知っているなら、レイナの失踪も聞いたんだな」
「うん。その話なんだけれど、ほらこの前の邪神教の連中覚えてる?」
「あぁ」
俺とレイナを襲った音波を使うガムズやその他の連中だ。ちょうど聞きたかったことだ。
「そのガムズが変なことを言い出したんだよ。犯行当時のことについて尋問していたら、急に何か思い出したみたいで大汗かいて、ぶつぶつと変なことををつぶやき始めたの」
「何て言ったんだ?」
「『思い出した。ゼロイチナナだ』って……顔を真っ青にしていた。なんのことか分かる?」
「ゼロ、イチ、ナナ」
……レイナの名前だ。記憶の中で彼女が口にした番号だ。
偶然とは思えない、ガムズはレイナのことを知っている。邪神教とレイナの繋がりについても、情報を持っているに違いない。
痛む身体を起こして、なんとか立とうとする。
「ガムズはまだ牢屋にいるか? 聞いてもらいたいことがあるんだ」
「いや、もうダメだ。あいつらは……全員死んだ」
「死んだ?」
リタは頷いて、悔しそうに拳を握りしめた。
「牢屋の中で殺された。見張りの交代の隙に誰かが忍び込んで、あいつら全員首の骨を折られていた。治療する余裕もなかった。即死だった。あれはプロの仕事だよ」
「……殺された……いったい誰が……?」
「仲間はいないって言っていたが……よほど知られたくない情報でもあったのか……、くそ、まだ罪を暴いていないのに勝手に死にやがって」
リタは拳をベッドに打ち付けて、声を震わせながら言った。
「あいつら……死んだのか」
悔しい気持ちは俺も同じだった。手がかりはすぐそこにあったのに。
もしかしたら犯人は『異端の王』かもしれない。自分の情報を知られたくないがために、殺した。固定魔法を使える彼なら暗殺なんて、容易いことのはずだ。
「リタ、ガムズたちは他に何か言っていなかったか。例えば邪神教についてとか」
「それは吐こうとしなかった。あいつら実は、そういうカルト教会に属していた記録はないんだ」
「記録がない? あいつら邪神教の残党じゃなかったのか?」
俺の問いにリタは頷いた。
「身元が判明したのも1人だけ。イザーブ近くの孤児院出身ということを言っていたよ」
「孤児院の出か」
「あぁ、調べてみたんだけど、王国への届け出も出している私立孤児院なんだけど……引っかかったのは15年前の邪神教の崩壊と同時期に、その孤児院は失くなったみたいなんだ」
「無くなったって、孤児たちはどうなったんだ」
「消えた。職員も何もかも。記録もほとんど抹消されている」
リタが調べたことに寄ると、彼らが属していた孤児院は存在していたことは確認できるものの、メンバーや子どもの行方に関しての情報はほとんど残っていないらしい。
「消えた……子ども、か」
「アンク、あんた何を考えている?」
「いや……」
まだ推測でしかないが、今まで聞いてきたことを全て合わせると納得がいく。
子どもさらいと孤児院、そして邪神教。
偶然とは思えない。この3つが繋がっているとしか思えない。
考えれば考えるほど嫌な方向に、思考は転がっていく。触れてはいけない闇の方へと、手を伸ばしている。
黙り込んだ俺を心配したのか、リタは俺の背中を優しく叩いて言った。
「そんな不幸な顔をするな。大丈夫、レイナはきっとあんたの元へ帰ってくる」
「そう思うか……?」
「うん、あんたらは自分たちが思っているよりもお互いのことを考えている。レイナが必死に料理を上達しようと、毎日練習していたんだよ。だから、あの娘はきっとあんたの元へ帰ってくる」
「けれど、レイナは俺の知らない場所へ……」
「いつに無く弱気だね。らしくない」
リタは俺の頬に触れると、すっと自分の方を向かせた。俺のことをまっすぐ見るリタは優しい笑顔を浮かべていた。
「いなくなったのなら探せば良い。まだ何の結末もついていないんだ。何も終わったわけじゃない。これから幾らでもひっくり返せる。物語はまだ続いているんだ」
「リタ……」
そうだ、リタの言う通りだ。まだ、レイナを連れ戻すチャンスはある。
「いつになく、弱気になっていたみたいだな」
たとえ彼女が何を背負っていたとしても、そんなもの俺と一緒にいることの障害にはならない。
俺のことを覗き込んだリタは、満足げに笑っていた。
「よし、元気が出たみたいだね。良い目に戻った」
「リタのおかげだよ。助かった」
「お安い御用。なんせ2人とは長い付き合いだからね。悩んでいるかどうかは、目を見れば大体分かる」
リタはベッドから立ち上がると、椅子の下に合った荷物を取った。やけに大きな荷物で、家に帰る様子には見えない。
「どこかに行くのか?」
「うん。レイナを探したいのはやまやまだけれど、私は私で気になることがあってね。ちょっとそれを調べなきゃいけない」
「そうか……リタが協力してくれれば、心強かったんだけど」
「こんな非常事態にすまない。店もしばらく閉めることになると思う。ひょっとしたら、しばらくは帰ってこれないかもしれない」
「どこに行くんだ?」
「それも言えない。けれど、必ず帰ってくる。それまで大変だと思うけれど、どうにか1人で頑張ってくれよ、アンク」
リタは屈み込むと、俺の額に軽くキスした。精力剤の残り香か、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
共通の相談相手であるリタがしばらくいなくなると思うと、寂しい気持ちになった。
「……良かった。行く前に触れ合えておいて」
「そうだね」
キスした箇所をコツンと小突いて、リタは笑った。重そうな荷物を担いで、爽やかな笑顔でリタは別れを告げた。
「じゃあな、アンク。また会おう」
「あぁ、リタも元気で」
しっかりと頷いて、リタは帰っていった。
きっと彼女なら大丈夫だろう。肉体面でも精神面でも俺よりもずっと強いやつだ。何か大切なことがあるというなら、それは本当に外せない用事なんだろう。
「……1人になっちゃったな」
誰もいない病室はシンと静まり返っていた。
気がつくと、さんさんと輝く太陽が東向きの窓から病室を照らしていた。この綺麗な午前の光を、レイナはどこかで見ているのだろうか。
昨日の夕方から看病3銃士に魔力を補填してもらったことで、空っぽだった魔力炉は轟々と燃え盛るほどに力でみなぎっていた。
「待ってろよ、レイナ……」
もうここに用はない。次の目的地は決まった。
記憶の鍵となる場所はおそらく、イザーブ近くにあるという孤児院。そこに行けば、おそらくレイナの過去を知ることが出来る。
『異端の王』が何者か。
そして、レイナはなぜ俺の元を去っていったのか。
本物のナースが来る前に病院を出て行く。俺を病室に泊めてくれたお礼にと、いくばくかの金貨をシュワラ宛てにおいて、俺は病院を出た。
リタが持ってきたローションでベッドがべとべとになってしまったことは、今度謝ろう。許してくれると良いのだが。
0
お気に入りに追加
371
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる