上 下
88 / 220

第76話 子どもさらい

しおりを挟む

 かつてイザーブには子どもさらいが暗躍あんやくしていた。
 孤児たちをさらう影。あいつは、レイナたちをさらっていったい何をしようとしていたのか。

 ナツにその子どもさらいについて聞いてみたが、彼女も分からないようだった。

「子どもさらいなんて聞いたことが無いなぁ。たぶん私たちの小さい時だったと思うし、サラダ村みたいな田舎に噂は届かないと思うよ」

「だよなぁ」

「でも私もそこに秘密があると思う。子どもさらいに捕まって、その後にレイナちゃんの身に何が起こったのかは、やっぱり知るべきだと思うな」

「何が起こったのか……か」

 ずっとイザーブに暮らしていたパトレシアかリタなら、ひょっとしたら子どもさらいについて知っているかもしれない。

 ただ、それが正しい道なのか、少し疑問が残る。俺は果たしてこのまま記憶のピースを集め続けて良いのだろうか。

「なぁ、ナツ」

「なに?」

「たとえ、それがレイナにとって知られたくない記憶でも、俺は知った方が良いと思うか」

「迷っているの?」

「少しな。ここまでしてレイナが隠そうとする記憶だ。無理やり記憶を覗くなんて、あまり気は進まない」

 少し嫌な予感がしていた。秘密を暴くことで俺はレイナを傷つけることは、なるべく避けたいことだった。

「私は知った方が思う。だって……」

 ナツは俺の方へ身体を傾けて、り添うような姿勢で言った。

「だってアンクが知らなきゃ、レイナさんはずっと嘘をつき続けなきゃいけない。ずっと一緒にいる相手に、隠し事をし続けなければいけないんだよ。秘密はだめってことじゃないけれど、弱いところを共有できなければ、レイナさんは一生辛いままだよ」

「だから、無理やりにでも見ても構わない……と」

「うん、構わないよ。その後のことはその後考えれば良い。その秘密が露呈ろていして終わってしまうような関係だったら、それはそこまでっていう関係っていうことだよ」

 ……そんなものか。
 俺にも隠し事はある。女神との契約に関しては、ほとんど誰にも言えていない。知る必要がないことだからだ。

『せめてあなたが幸福であることを願っている』

 レイナの言葉を思い出す。
 願うような彼女の瞳を思い出す。覚悟を決めたような強い視線だった。
 
 対して、今の俺はレイナの真実を暴くことにすら迷っている。
 こんな調子ではレイナを見つけられない。ナツの言う通りだ。

「それもそうだな。色んなことがあり過ぎて、少し疲れていたみたいだ」

 これも魔力が足りないせいだろうか。まだ少しだるいことは確かだった。精神的にも疲労がきていたみたいだ。

「アンク」
 
 ナツは、手を伸ばして俺の頬に触れてきた。彼女がたたえていた笑みは今まで見たどんな笑顔よりも穏やかで、いつもより大人びているように思えた。

「大丈夫、レイナさんはきっと見つかるよ」

 風で揺れるカーテンの影が揺れて、ナツの顔に光を刺した。水面を揺らす波のようで、穏やかなさざめきが聞こえた気がした。

「ありがとう、ナツ」

「どういたしまして。アンクが元気になって良かったよ。今の私はそれが1番嬉しい」

 ぴょんとベッドから立ち上がったナツは、「じゃあ私はこれで」と明るい笑顔で行った。

「もう行くのか?」

「うん、仕事ほっぽり出して来ちゃったし、病気も嘘だって分かったからね。またお見舞いに来るから、寂しくしていてね」

「いろいろと助かった」

「レイナちゃんを見つけるの私も手伝うよ。何か分かったら連絡してね」

 ニコニコと手を振って、ナツは病室から出て行った。あのナース服はどこで着替えるんだろうという問題は置いておいて、ナツが言っていたことは正しかった。

 ベッドに寝転んで、無機質な天井を見る。

「知られたくない記憶か……」

 カルカットへの道中でレイナは『忘れてほしい』と言っていた。あれはまさに彼女の過去のことを言っていた。

 次の鍵は子どもさらいが握っているに違いない。生きているにせよ、死んでいるにせよ、それに関する何かを俺は探さなければいけない。

 あのあと、いったい何が起こったのか。
 それがレイナ捜索そうさくにあたって、欠かせないピースとなる。推測だが、『異端の王』が何者なのかということにもこの件は繋がっているように思える。

「今は……とりあえず寝るしかないか……。やっぱり疲れがまっているな」

 凹凸おうとつの無い天井はカーテンの影が差し込んでいた。そこには相変わらず影が揺れて、波のように揺らいでいた。

「レイナ……どこに行ったんだろ」

 この疑問も何度口にしたのか分からない。
 せめて彼女が無事でいることを願う。万が一ということもある。早く彼女に会いたい。

 天井の影を見ていると、まるでゆりかごのように揺られているようだった。それを見ながら、彼女のことについて考えていると、俺はあっという間に眠りにつくことが出来た。


 ……この時の俺は、まだ看病3銃士の1人を倒したに過ぎないことに気がついていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

男女貞操逆転世界で、自己肯定感低めのお人好し男が、自分も周りも幸せにするお話

カムラ
ファンタジー
※下の方に感想を送る際の注意事項などがございます! お気に入り登録は積極的にしていただけると嬉しいです! ーーーーーーーーーーーーーーーーーー あらすじ    学生時代、冤罪によってセクハラの罪を着せられ、肩身の狭い人生を送ってきた30歳の男、大野真人(おおのまさと)。  ある日仕事を終え、1人暮らしのアパートに戻り眠りについた。  そこで不思議な夢を見たと思ったら、目を覚ますと全く知らない場所だった。  混乱していると部屋の扉が開き、そこには目を見張るほどの美女がいて…!?  これは自己肯定感が低いお人好し男が、転生した男女貞操逆転世界で幸せになるお話。 ※本番はまぁまぁ先ですが、#6くらいから結構Hな描写が増えます。 割とガッツリ性描写は書いてますので、苦手な方は気をつけて! ♡つきの話は性描写ありです! ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 誤字報告、明らかな矛盾点、良かったよ!、続きが気になる! みたいな感想は大歓迎です! どんどん送ってください! 逆に、否定的な感想は書かないようにお願いします。 受け取り手によって変わりそうな箇所などは報告しなくて大丈夫です!(言い回しとか、言葉の意味の違いとか) 作者のモチベを上げてくれるような感想お待ちしております!

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

処理中です...