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第64話 血の儀式
しおりを挟む「近くの住民からの通報を聞いてね。とうとう邪神教の寝ぐらを割り出したんだよ」
戦闘の後片付けをしながら、リタは俺たちの手当をしてくれた。疲労を回復させる魔法薬を飲みながら、ようやく一息つくことが出来た。
「盗賊まがいのこともやっていた。金持ちを狙って、強盗騒ぎも起こしていたみたいだ」
「だからオークションの司会者なんかやっていたのか」
「羽振りの良い金持ちに目をつけるためにね……もっとも、それはただの資金集め。本当の目的は違っていた」
リタはそう言って、血生臭い洞窟の方へと視線を向けた。
リタが連れてきた自治警察たちはガムズたちにまとめて手錠をかけたあとで、洞窟の入り口にトラップを仕掛けていないかどうか調べていた。
「彼らは?」
「この辺りの自治警察……とは言っても下部組織だから、ボランティアみたいなもの。いつもは私1人でやっているんだけれど、今回ばかりは厄介そうだったから」
「あの人たちは中々の手練れでした。特にガムズという男と、2属性の魔法を使う男は並大抵ではありません」
レイナの言葉に、リタは大きく頷いた。
「そう、ただの宗教集団とは思えない。アンクは『血の儀式』って聞いたことがあるか?」
「血の儀式? いや、初めて聞いた」
「邪神教に伝わる儀式だよ。魔法使いの生き血を取り込むことによって、そいつの魔法を使うことが出来るようになる……っていう話さ」
リタは倒れたガムズたちに目をやりながら言った。
「取り込むっていうのは、いわゆる経口摂取。こいつら、人の血を飲むんだよ」
「じゃあ、あの洞窟の中にある血は……」
トラップが無いことを確認した自治警察は、松明で洞窟を照らした。
洞窟の壁面にはベットリと血がこべりついていた。中には大量の棘のついた拷問具のようなものと、白い骨が見えた。
それも1つではない。3つ、4つ。複数人の頭蓋骨が見える。
「ひどい……」
「案の上だ。こいつらは人をさらって生き血を飲んで、殺していた。滅多にあり得ない2属性はこういう仕掛けだった。私も聞いた時には驚いたが、どうやら本当だった。邪神教の血の儀式は実在していたんだ」
リタは苦々しげな顔で、昏倒している男を睨んだ。
血の儀式。
サティが前に口にしていた通り、体液を採取することで魔法が強化されるのは事実だ。ただ、よほどの量を摂取しないとさっきの規模の魔法を使うことは出来無いはずだ。
「血によって得られる魔力は体質によっても違うし、そこまで多くないらしい。だから、あいつらは何人かをさらって、拷問を繰り返して生き血を絞り出していたらしい」
「……リタさんはどうして、そんなことを知っているのですか?」
「信頼できる情報筋だよ。ここでは言えない」
レイナに微笑みかけて、リタは言葉を続けた。
「だが、私が教えてもらったのもここまでだ。目的も分からないし、仲間が何人いるのかも分からない。今回あんたたちが、先回りで動いてくれていたのは付いてたよ」
「ただの偶然だよ。不甲斐ない」
「そこから脱出してみせたのは流石だよ。魔法薬の残りはあるから、ゆっくり休んでて。私はちょっとあいつに聞きたいことがある」
カバンから薄緑の魔法薬を俺たちの前において、リタは立ち上がった。
少し歩いて唯一意識があるガムズの前に座り込むと、彼の猿ぐつわを解き、一転して彼女は厳しい口調で問いかけた。
「これから少し尋問をする。少しでも抵抗の意志を示したら、殺す」
リタの問いかけに、ガムズはただ沈黙で返した。
返答しないガムズに小さく舌打ちして、リタは言葉を続けた。
「おまえ、何人殺した?」
「……………覚えちゃいねぇよ。あんた良い女だな。大英雄さまのツレかなんかかい?」
「答えろ」
リタはポケットからナイフを取り出し、ためらいなくガムズの手を刺した。手の甲から地面に突き立てられたナイフを、リタは力をこめてグリグリと動かした。
「ぐあああああ!!」
「女だからって甘く見るなよ。おまえは人を殺した。そんなやつに容赦が出来るほど、私は優しくはないんだ」
言葉通り、リタは手の力をゆるめなかった。草木の緑を真っ赤に染める血を流しながら、ガムズは大きな悲鳴をあげた。
「分かった……分かった! 話すから、やめてくれ!」
「このままで良い、話せ。話したらこっちも手を離す」
「ぐ……ぁ! ご、5人殺した! 5人だ!」
ガムズの言葉にリタは手を動かすのをやめた。だが、まだその手はしっかりとナイフの柄を握っている。
「本当か?」
リタから鋭い視線を向けられたガムズは、辛そうに息を吐きながら話し始めた。
「こ、殺したのは冒険者の男と、近くの家族だ……! 夫婦と子どもの血を奪った!」
「皆殺しにしたのか」
「……あぁ」
チッと舌打ちしたリタは、ナイフの柄から手を離した。手から大量の血を流したガムズは、青白い顔でひぃひぃと呻いていた。
リタはガムズの姿を見下ろしながら、「胸糞悪いな」と吐き捨てるように言って、言葉を続けた。
「なんで、血の儀式なんて馬鹿げた真似をやったんだ? それが邪神教の目的か?」
「別に俺は邪神なんか信仰していねぇ。子どもの頃は確かに邪神教だったが、もう潰れて未練もない。むしろせいせいしているくらいだ。こいつらも全員そうさ。邪神教に思い入れがあるわけじゃない。ただあったのは……もっと良い血が欲しいという願望だけだ」
「血が欲しい?」
「そうだ。邪神だのなんだの、目的があるわけじゃねぇ。俺たちはただ、他人の血が飲みたいだけだ」
地面に流れていく真っ赤な血を、忌々しげに見ながらガムズは言葉を続けた。
「魔法使いの血はうまい。特に強力な魔力を含んだ血液は、どんな食物にだって叶わない美味だ。ガキの頃に血の儀式なんてものに出会ってしまったから……俺たちは忘れられなくなってしまった。どろりとした血が舌に触れた時の多幸感が、どうしても欲しかったんだ」
「だから殺したのか」
「あぁ。だからこそ殺した。もう2度と、あの幸福を味わえずに生きるのは嫌だった。血を飲めない人生なんか死んでいるのと同じだった。俺たちはどうしても欲しかったんだ」
血という言葉を出すと、ガムズは虚ろな視線で言った。
他の連中もどこか焦点の合っていない瞳を落ち着かなげに揺らしている。
「血の儀式か……願望というより呪いみたいなものだね。こんな風な結末しか選ぶことが出来ないなんて、本当に哀れな奴だ」
「なんとでも言え。お前に俺の気持ちは分からない」
「分かりたくもないね。だが、人を殺したのは事実だ。じゃあアンクを狙ったのは、強い魔力が欲しかったからか?」
「そうだ」
「相手が悪かったな。他に仲間はいるのか?」
「いない」
「本当のことを言え」
リタがナイフの柄に指をかけたが、ガムズは眉1つ動かさず、はっきりと返答した。
「本当だ。仲間はいない……が邪神教の残党はそこら中にいる。血の儀式には沢山のやつが参加していた。どこにいるのかは知らないが、今も生きている」
「そいつらも同じことをしているのか?」
「知らない。俺と同じなら、しているはずだ」
「リーダーもいない流浪者か。厄介だね」
リタは眉をひそめると、洞窟の探索を終えた自治警察たちにガムズたちを運ぶように促した。自治警察たちの手には大きな袋が握られていて、そこにはチラリと子どもの頭蓋骨も見えた。
ロープで手を縛られたガムズは、去り際に俺の方を忌々しげに睨んだ。
その瞳が俺の隣にいるレイナの方に向くと、ガムズは不審そうに目を細めた。
「……あんた、どこかで会ったか?」
「え?」
「白い髪の女だ。おまえ、どこかで見たことがある」
ガムズはレイナを見ながら、惚けたように固まっていた。カタカタと震える口は自分に言い聞かせるような独り言を放った。
「いや……違う。まさかな。こんなところにいるはずがない」
どこか怯えたような口調だった。
森の獣道を進んでいったガムズは、それ以上俺たちの方を振り向くことはなかった。自治警察によって連行されていった彼らの背中をレイナが、何も言わずに彼の背中を見ていた。
「レイナ?」
「……なんでしょうか」
「あいつと会ったことがあるのか?」
「いえ、知りません。ガムズという名前の男には会ったことがありません」
レイナはそう言って首を横に降ったが、その瞳は未だにガムズの背中を追っているようだった。
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