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第55話 大英雄、手に汗握る
しおりを挟むオークションのホール前でパトレシアを待っていたが、彼女は開始5分前になっても戻ってこなかった。
「遅いな」
「遅いね、もう先に入っちゃおうか」
「俺たち2人で先に入っても何も出来ない……」
正直、サティも俺も商売事にはうとい。オークションなんてなおさらだ。
ホール前はオークションに参加するセレブたちが持ってきたと思われる台車が並んでいた。屈強な男たちが警護しているところを見ると、相当の高級品が入っていることは間違いない。
「中は金貨だね。それも大量の」
「良く分かったな」
「匂いで分かる。あれだけあれば新しい聖堂が100個建てられるな」
「もう十分だろ。そんなにあっても何の役にも立たない」
「……ごめんごめん! 間に合ったー!」
裏口付近から現れたパトレシアが俺たちの方へと走ってきた。
「お、ようやく来た。どこ行ってたんだよ」
「ちょっと、下準備。さぁいこいこ!」
パトレシアに押されながら駆け込むようにして、ホールに入っていく。席はすでに空いているところはなく後ろにあった立ち見席でステージを見守ることにした。
見る限り前の席は金持ちが予約していて、着飾った人たちがゆったりと座っている。さっき俺たちに喧嘩を売ったシュワラも最前列で扇を振りながら、ちらりとバカにしたようにパトレシアの方を見た。
「む。おいバカにされてるぞ」
サティがパトレシアの肩をつついた。
「バカにしたくなる気持ちは分かるわよ」
立ち見席は完全に野次馬にしか見えない人たちでいっぱいだった。オークションに参加する気はなさそうで、金持ちが繰り広げる売買ゲームを見に来たという感じだった。
「なんか随分と貧富の差が激しいな」
「そう? 昔からよ。イザーブなんかもっと酷かったし、私たちが競売場で売られないだけ有難いくらいだよ」
「そんなに酷かったのか?」
サティが信じられないという顔でパトレシアを見上げる。
「裏であったのよ。人身売買とかいろいろ。子供とかも売られていたみたいだよ。人づてだけど、多分……本当だと思う」
「子ども……」
サティはそう呟くと、顔を伏せた。自分が管理している世界で起きたこととあって、思うところはあるのだろう。悩ましげな顔で、何かを考えていた。
「気になるか?」
「少しね……、子どもか……それは」
サティが何かを言おうとしたところで、ふいに会場のライトが消灯した。
パッと消えた後にステージをスポットライトが照らした。現れたのは真っ赤な蝶ネクタイをしたスーツの男で、大きな声を張り上げて会場中に挨拶した。
「レディースアンドジェントルメーン!! こんばんは、カルカット最大のオークションへようこそ!」
仰々しいアナウンスで、司会が最前列の人々に愛想を振りまいていく。驚くことに彼の声は、スピーカーも無いのに天井の方から響いてきた。
「あれ、どういう仕組みなんだろう?」
「異属性の魔法の一種じゃないかしら。発声器官を強化して、大きな声を出す魔法。手元に透明なパイプがあるじゃない。あそこから声を送っているんだよ」
「普通の魔法とは随分ちがうんだな」
「それも才能。あの人、その力を買われて司会に抜擢されたっていうし……ほら、始まるよ」
司会の男がオークションに出品される商品を紹介する。巨大な獅子の石像が披露されると、会場から|
喝采《かっさい》が飛んだ。
「ゲルゴリの動物シリーズか……」
パトレシアがつぶやく。
全然知らないが、様子を見るに1品目からかなり飛ばしてきたみたいだ。会場の熱気が一気に湧き上がる。
だが、そんな熱狂とは正反対にパトレシアは慎重だった。
「あの娘の攻略範囲ではないし、ここはスルーかな」
「スルーって……パトレシアも何か欲しいものがあるのか?」
「まぁね。ところでアンクの持ち金っていくつだっけ」
「金貨50。これが精一杯」
俺の手持ちに少し顔を曇らせたパトリシアは、「まぁどうにかなるでしょ」と能天気な言葉で切り返して、オークションの様子を注視していた。
……どうにかなるのか。
ここのオークションのやり方はいたってアナログで、観客たちの指サインで行われる。司会が金額を読み上げると、観客たちはそれぞれの金額にいくらプラスするか指し示した。
「金貨20からスタートです! はい、23! ……25! ………27ときて、そちらの方は35ですね! 他には……」
次々と指をあげていく参加者たちを、司会者が確認していく。金額はどんどんと値上がりしていくが、セレブの参加者たちはためらわずに入札していっている。
「これ、どういう仕組みなんだ?」
「簡単だよ。金貨1をプラスしたいなら、指を1本立てれば良いし、金貨2をプラスするなら、指を2本立てるって感じ。2倍や3倍の値をつけたいときは、手の甲を見せてサインするの」
「なるほどな」
そう会話している間にも、謎の石像はどんどん値上がりしていく。
ここから見ていると、オークションはスピーディで迫力がある。大きく金額が変わるたびに、会場を熱気が包む。
結局、あの石像は金貨500枚で落札された。
「……すげぇ。あの石像が金貨500枚?」
「ゲルゴリシリーズは、玄人の収集家に根強い人気があるからね。特に今落札した人は、有名な収集家だから妥当といえば妥当だよ」
「……金貨500枚……俺、本当に服買えるのか……」
「大丈夫、大丈夫。このオークションは収集家向けだからね。その品に興味ある人しか飛びつかない」
手持ち以外を考えてもさすがに金貨500枚も出す余裕はない。きちんとした褒賞が手元に入ってくれば、話は別なのだが。
「大丈夫、任せて。まだ出品までは時間があるから、どうにかしてみせるよ。作戦もあるから」
「作戦?」
俺の言葉に何も言わずに頷いて、パトレシアは再びステージの方に目をやった。次に出てきたのは、真紅のルビーだった。拳大もある巨大なルビーは金貨100からのスタートだった。
「金貨100か……すごいな」
感嘆のため息をついて、ちらりと横を見るとパトレシアが手の甲を使ってサインをしていた。
「はい、そちらのお嬢さん、2倍の200ですね!」
司会がパトリシアの方を指さすと、会場にもどよめきが走った。立ち見席からの乱入者は、前列のセレブたちの度肝を抜いたた。
「パトレシア!? 何しているんだ!?」
「せっかくだから参加してみようと思って」
「せっかくだから……って」
そのあとも、210、220、とどんどんとルビーは値上がりしていく。パトレシアはそのあとも参戦していたが、前席のセレブたちがそれを許さない。値段はどんどんと吊りあがり、230になったところでシュワラが落札した。
肩をすくめるパトレシアを、シュワラが余裕の笑みで見上げていた。
「負けたな……あのルビーが欲しかったのか?」
「うん、次も参加するから」
「パトレシア、手持ちいくつだ?」
「秘密」
どこまでの金銭的な余裕があるのか知らないが、彼女のデッドヒートは続けられた。懐中時計やアクセサリー、さらにはインテリア商品まで、服飾系のオークションにパトリシアは2倍、3倍の値段の金額を提示した。
「金貨200!」
「金貨220!」
「はい……もう出ませんねー……そちらツインテールのお嬢さん! 落札でーーーす!!」
「また……負けたな」
いずれの結果もパトレシアのぼろ負けだった。
パトレシアが入札したほんどの品に、対抗するようにシュワラは金を出し、そして落札していった。
旗色は良くない。
このままだとまず間違いなく、シュワラは目当てのワンピースにも入札してくる。
「シュワラは服飾系の収集家ってことか……厳しいな」
「……そうね」
パトレシアの頬を汗が伝っている。
オークションは熱狂を伴って進行していき、異様な盛り上がりだった。シュワラとパトレシアの戦いに、他の参加者たちも混じって、落札値段はスーパーインフレの様相を呈していた。
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