52 / 220
第46話 大英雄、リトライ
しおりを挟む翌朝。
いつもと変わらない、いつも通りに訪れた朝。
今日は雲1つ無い晴天で、庭に植えられた花々も楽しげに風に揺れていた。平坦だけれど美しい日常の景色が窓の外にあった。コーヒーでも飲みながら、空を見上げていたらあっという間に過ぎ去ってしまいそうな日だ。
「っっ………」
鈍い頭痛を感じる。穏やかな朝の景色とは程遠い、不穏な気持ちが俺の心を覆っていた。
自分自身に起きている異変を知ったことで、全てのものに対して疑念の視線を向けけざるを得なくなった。今、自分が見ているものが本当にあるものかどうかさえ疑わしくなっていた。
「サティは大丈夫だと言っていたけれどな……」
足元の床がいつの間にかなくなって、そのまま光すら通さない真っ黒な落とし穴の中に落ちてしまうのではないか。そんな荒唐無稽な妄想でさえ、現実めいて思えてくる。
「おはようございます。アンクさま」
階下に降りると、レイナがすでに起きていて洗い物をしていた。オレンジと黒の髪留めが一緒になって髪をくくっている。どうやら彼女は2つの髪留めを同時に使うことを決めたようだ。
「顔色がよろしくないようですが、あまり眠れなかったのですか」
「……いや、ただの寝起きだよ。気にしないでくれ」
「そうですか……私のせいで申し訳ありません」
レイナは申し訳なさそうな視線を俺に向けた。まっすぐに見つめてくる彼女の眼を、俺は見返すことが出来なかった。気恥ずかしいのと、気まずいのでまともにレイナの顔を見れない。
どうして俺は何も覚えていないのだろう。
「やぁやぁ、おっはよーう!」
パタパタと子供のような激しい足音を立てて、サティが降りてきた。元気良く挨拶すると、彼女は俺の隣に座った。
「朝から元気だな」
「とても良い匂いがしたからね。今日の朝ごはんは何だい?」
「パトレシアさんから頂いた人参でソテーを作りました。卵もあったので目玉焼きにしてあります。中身はもちろん半熟です」
「それは楽しみだ」
サティはのんきな調子で、鼻歌を歌い始めた。レイナはその様子をチラリと横目で見て、彼女に問いかけた。
「昨日の一件ですが、話はまとまられたのでしょうか」
「気になる?」
「……はい」
返答に少し間をおいて、レイナは頷いた。サティはその様子にニコニコと笑いながら、話を進めた。
「そりゃあ気になるよね」
「はい、とても」
「でも期待外れで悪いんだけれど、今のところは何もしない。アンクに魔法をかけた人物は相当な手練れではあるけれど、今すぐ何かをしようっていう訳でもない……つまりは様子見かな」
「では、私はサティさんに対する警戒を緩めてもよろしいということですね」
「あぁ良いよ。こちらこそ、無理に話させようとして悪かった」
その言葉を聞いて、レイナがふっと警戒の度合いを緩めた。
いつもの調子でレイナはそそくさと、朝ごはん作りを再開した。手際良くフライパンを振るって卵焼きをつくると、食卓に並べた。ふんわりと良い香りの卵は、少しソースをかけてあげると甘さが引き立つ。
「うまい」
「うまいな」
「ありがとうございます」
お礼を言ったレイナを見て、昨晩、サティと交わした会話を思い出す。
微笑みかけたレイナをまともに見ることが出来ない。彼女を見ると、どうしてもサティの言葉を思い出してしまう。
俺は本当にレイナとした……のか。
◇◇◇
「彼女の中に記憶のピースがあると確信したわけはもう1つある。実は私には誰と誰が性行為したか分かる力があるんだ」
サティの表情は冗談を言っているようには見えなかった。茶化して笑うこともせず、彼女はただグラスに入った水を飲んだ。
「なんだよそれ。おかしいだろ、そんな力」
「おかしくないよ。魔法を使うものにとって性行為というものは、やましい意味ではなく重要な儀式だからね」
指で小さな渦を描いたサティは、ピンク色のモヤを発生させた。霧のように広がったそれは、周囲の空気と混じり合うとゆっくりと消えていった。
「……術者は互いの体液を取り込むことで、互いの魔力を共有するんだ。人間にとっては微力過ぎて気づかれていないけれど、実は性行為にはそういう効果もある」
「つまり俺の中にレイナの魔力があったと?」
「微粒子に過ぎないけれどね。その事実は確かに確認出来る」
説明は尽くしたと言わんばかりに、サティは大きく手を広げた。隠していることは何もないというジェスチャーのあとで、彼女は挑戦的に俺に微笑みかけてきた。
「さぁ、どうする?」
「どうする……か」
これはかなりの難題だった。
レイナと性行為をすることは、俺としては何も阻むものがない。可愛いし、料理もうまい。そんな彼女とデキるのならば、世界の異変を抜きしても、そのままベッドにダイブをしても良いくらいだ。
けれど、問題はそこじゃない。
俺の考えていることを見透かしたように、サティは口を開いた。
「おそらく君のことだ。レイナにこの事実は言えない、って思っているだろう。レイナの中に記憶のピースがある、だから性行為をしてくれとは君は頼めないだろうな」
「……そうだ。良く分かってるじゃないか」
「君を執行者として選んだのは私だ。君の魂の形は手に取るように分かっている。こういう場合にだけ、君という魂はいやに誠実になるからね」
「気持ちがこもっていないは性行為は、行為的に過ぎる。それって獣以下じゃないか」
「真面目過ぎるというか、頑固というか、バカだね。一回ヤっているんだし、まんざらでもないだろ。もっと軽い気持ちで良いんだよ。『忘れたからもう1回ヤらせてくれー!』って叫べば良いんだよ」
「でも、その記憶は失われている。失われてしまったのなら、もう1度やり直すしかない。リトライ、もう1回最初からだ」
俺の言葉にサティは大きく舌打ちした。テーブルの向こうから手を伸ばして俺の頬をつねると、ぐいっと引っ張った。
「ひたたたた(いたたたた)」
「もう! 面倒臭い事をさせやがって。そんなことを言ったのはこの口か。この口かー!」
「わふいな(悪いな)」
「反省する意思があるのなら、さっさとコトを済ませてくれ。言っておくけれど、そこまで猶予がある訳では無いんだよ。いつ空から隕石が落ちてきて世界が滅びるか分からない。繰り返すけれど、今私たちがいるのはそんな状況だ」
「おっへー、おっへー(オッケー、オッケー)」
観念して俺が両手をあげると、サティは「本当に分かっているのかなぁ」とため息をついて、手を離した。
「頼むよ、君は世界を救った大英雄なんだ」
「もちろんだ。何より俺自身のためにも、記憶を改ざんした犯人を突き止めたい」
痛む頬をさすって、小さく頷く。ヒリヒリと痛む頬は、この現実が夢ではないことを示していた。
記憶を貪られるというのは最悪な気分だ。できれば、記憶を失ったことすら忘れてしまいたい。
それでも、何にせよ、俺とレイナが愛し合っていたことは確かなのならば。その記憶を、彼女の愛を俺の手に取り戻さなきゃいけない。
「やるよ。もう1度、レイナを惚れさせてみせる」
「やる気になったのは何よりだけど、策はあるのかい?」
「策というほどのものでもないけれど」
恋愛において搦め手というのは、どうも性に合わない。普通の恋人になるように、自然体でいくのが1番分かりやすい。
「レイナをデートに誘う、それだけだ」
そう言って、懐から2枚のチケットを取り出した。
それを見たサティは「なるほど君らしいなぁ」と首を縦に振りながらも、やはりどこか不安そうな表情をしていた。
0
お気に入りに追加
368
あなたにおすすめの小説
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
【画像あり】転生双子の異世界生活~株式会社SETA異世界派遣部・異世界ナーゴ編~
BIRD
ファンタジー
【転生者モチ編あらすじ】
異世界を再現したテーマパーク・プルミエタウンで働いていた兼業漫画家の俺。
原稿を仕上げた後、床で寝落ちた相方をベッドに引きずり上げて一緒に眠っていたら、本物の異世界に転移してしまった。
初めての異世界転移で容姿が変わり、日本での名前と姿は記憶から消えている。
転移先は前世で暮らした世界で、俺と相方の前世は双子だった。
前世の記憶は無いのに、時折感じる不安と哀しみ。
相方は眠っているだけなのに、何故か毎晩生存確認してしまう。
その原因は、相方の前世にあるような?
「ニンゲン」によって一度滅びた世界。
二足歩行の猫たちが文明を築いている時代。
それを見守る千年の寿命をもつ「世界樹の民」。
双子の勇者の転生者たちの物語です。
現世は親友、前世は双子の兄弟、2人の関係の変化と、異世界生活を書きました。
画像は作者が遊んでいるネトゲで作成したキャラや、石垣島の風景を使ったりしています。
AI生成した画像も合成に使うことがあります。
編集ソフトは全てフォトショップ使用です。
得られるスコア収益は「島猫たちのエピソード」と同じく、保護猫たちのために使わせて頂きます。
2024.4.19 モチ編スタート
5.14 モチ編完結。
5.15 イオ編スタート。
5.31 イオ編完結。
8.1 ファンタジー大賞エントリーに伴い、加筆開始
8.21 前世編開始
9.14 前世編完結
9.15 イオ視点のエピソード開始
9.20 イオ視点のエピソード完結
9.21 翔が書いた物語開始
俺だけ成長限界を突破して強くなる~『成長率鈍化』は外れスキルだと馬鹿にされてきたけど、実は成長限界を突破できるチートスキルでした~
つくも
ファンタジー
Fランク冒険者エルクは外れスキルと言われる固有スキル『成長率鈍化』を持っていた。
このスキルはレベルもスキルレベルも成長効率が鈍化してしまう、ただの外れスキルだと馬鹿にされてきた。
しかし、このスキルには可能性があったのだ。成長効率が悪い代わりに、上限とされてきたレベル『99』スキルレベル『50』の上限を超える事ができた。
地道に剣技のスキルを鍛え続けてきたエルクが、上限である『50』を突破した時。
今まで馬鹿にされてきたエルクの快進撃が始まるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる