36 / 220
第32話 大英雄、プレゼントを考える
しおりを挟む無謀なアプローチに失敗したあげく、レイナに家から追い出された。
平手打ちを喰らって、奥歯まで痛い。しゃれにならないほどヒリヒリする。ちょっと血が出ているかもしれない。
「ダメだったか……」
「ダメだったか……じゃねぇよ! おまえのアドバイスを聞いた俺がバカだった!」
「うーん、イケると思ったんだけどなぁ」
パンをかじりながら、サティは何度も首を傾げていた。
結局俺は朝ごはんにもありつくことができずに、家から締め出されてしまった。レイナの機嫌を損ねてしまっただけでなく、朝ごはんもお預けだ。
「くそっ、腹減った」
「一体何が悪かったんだろうなぁ。私の計算ではイチコロだったんだけど」
「全部だ、全部。そもそもが失敗だ」
膝についた土を払って立ち上がる。
空腹を訴えるお腹を抑えて、窓の中を覗く。
「ダメだ……完全に怒っている」
レイナは叩きつけるように皿を洗っていた。ドアの鍵もしまっている。弁解のチャンスは無さそうだ。関係は悪化したと言える。
「まぁ、気にするなって。ネクストチャンスだよ、アンクくん」
「お前のせいだぞ」
結局、昼過ぎまで家のドアは開くことがなかった。太陽が真上に来て、さらに西に傾き始めても家のドアは固く閉ざされたままだった。
レイナの姿は見えない。2階でふて寝していると見える。
それにしても腹が減った。
腹が減った。腹が減った。朝から何も食べていない。
手持ち無沙汰で、日向ぼっこしているサティもぼんやりとつぶやいた。
「お腹空いたなあ」
「……全部、お前のせいだぞ」
「あ、アンクだ。おーい。何してるのー」
家の前で空腹に耐えながら、反省の体育座りをしていると、卵をたくさん抱えたナツが現れた。ロバには他にも大量の荷物を積んでいる。
俺の姿を見とめると、ナツは嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ナツ……」
救いの神(食糧)が来た。
「ご、ごはん……」
「へ?」
「腹が減った……」
卵の方へと手を伸ばした俺を、ナツは慌てて止めた。
「ちょっとダメだよ! 卵はそのまま食べたら!」
「た、卵かけご飯……」
「ちょっと、ちょっと、生の卵はダメ! お腹壊すよ! 私のお昼ご飯あるから!」
ぐったりしている俺を寝かせて、ナツは慌ててロバの荷台から自分のお弁当を取り出した。可愛らしい弁当箱の中から、サンドウィッチを取り出すと口の中につっこんだ。
ハムとチーズのシンプルな具材。塩っ気と柔らかいパンと、チーズの旨味。それが舌に触れると身体に染み渡った。
「泣くほどうめぇ」
「一体どうしたの……それに、この娘は?」
ナツは俺の隣でちゃっかり、むしゃむしゃとサンドウィッチを食べているサティに目をやった。
「見ての通り聖堂のシスターだ。名前はサティ。俺に頼みがあるっていうことで、わざわざ来たらしい」
「そうなんだ。もう次の仕事があるんだね……」
ナツはそう言うと、悲しそうに目を伏せた。そんな表情に何を思ったのか、サティはニコニコとナツに向かって笑いかけた。
「大丈夫、次の指令とは言っても、サラダ村を離れることはない。この家にいながら、出来る在宅ワークだよ」
「そうなの……?」
「そうそう。だから君とズッコンバッコンする暇もあるってことさ」
「ズッコン……バッコン」
ナツはサティの言葉を繰り返すと、恥ずかしそうに顔を赤らめて手で覆った。
「あー、そいつの言うことは気にしないでくれ。ちょっと思考が偏っているんだ」
「そうなんだ……そう、ずっこん……ばっこん」
「言わなくて良い」
俺の幼馴染をこんな腐れ思考の女神に寄せるわけにはいかない。
「そ、それで家の前で座り込んで、どうしたの? もしかして鍵を無くした?」
「いや、そういうわけじゃなくてさ……」
ナツに今朝起こったことを説明する。レイナに怒られて追い出されたことを知ると、ナツは大きくため息をついた。
「そりゃあそうなるよ。朝っぱらからって……こんな。アンク、女の子の気持ちを考えたことある?」
「……何も言い返せない」
「私だって怒るよ。いくら好きだったからと言って、ないない。こればっかりは私も擁護できないなぁ」
ナツは腕を組んで、呆れたように言った。
そうだ、これが普通の人間の反応だ。やっぱり人でなしの女神の言うことなんて聞くんじゃなかった。
「どうにかして、何とか出来ないかなぁ。人間はみんな常に発情期だと思っていた」
サティはナツのサンドウィッチを飲み込むと言った。
「残念。君から何かアドバイスはないかい?」
「うーん、そもそもアンクはレイナちゃんのことをどう思っているの?」
「アンクはレイナと性行為がしたいんだ」
「ナツ、こいつの言うことは気にしなくて良い。俺はただ単純に彼女と仲直りがしたいんだ」
「仲直り……ねぇ」
ナツは悩ましげな顔で俺のことを見ると、ポンと思いついたように手を打った。
「プレゼントはどう?」
「プレゼント?」
「そう、贈り物。何か特別な贈り物をあげれば、きっとレイナちゃんも喜ぶよ!」
プレゼントか。
良く考えたら、お給料もまともにあげられていないし、(性行為は抜きにして)何かプレゼントを贈るというのは悪くないアイデアかもしれない。
「女の子なら、プレゼントは嬉しくないはずがないよ。アクセサリーとか、宝石とか、ぬいぐるみとか」
「バイブレーターとか」
「ばい……ぶ?」
「サティ、少し黙ろうか」
サティの口に足元の雑草を突っ込んで、口を封じる。「もごもご」と呻く卑猥な女神はこれで良いとして、何を贈るかっていうのは重要なところだ。
「何が喜ぶかな……」
「うーん、私もレイナさんとそういう話はしたことがないし……、宝石とかアクセサリーとか好きっていうのも聞いたことがないかなぁ。ほら、レイナさんあまり着飾らないほうじゃない?」
「そうだな……ほぼ毎日、メイド服だし」
白いエプロンと、黒いスカート。使用人としての彼女の制服。それはそれで、見ていて飽きることはないし、レイナも困っている様子はない。
「困るとか困らないんじゃないだよねー。着飾らないのが嫌いな女の子なんていないし」
「うーん、服かぁ。レイナの好みが分からないな……」
街に買い物に行くのも同じ姿だし、彼女の他の服って言ったらパジャマぐらいだろうか。パジャマをプレゼントっていうのも、また何か勘違いされそうな気がする。
「最初は服じゃなくて、小物にしたら?」
「小物か」
そう言われて思い浮かんだのは、長い髪を束ねている髪留めだ。
白い髪に良く映える、黒い木製の髪留め。良いデザインだと思うが、あれに関しては毎日同じものを使っている。
「そうなると、服……と髪留めかな」
「あ、良いかも! 髪留めなら毎日使えるし、レイナさん綺麗な髪してるもんね。今の髪留めも素敵だけれど、もう1個くらいあっても良いかもしれない」
ナツはうんうんと頷いて、俺の案に同意した。
「せっかく買うなら、大きめの街に行こうよ! カサマド町はそこまで服屋も雑貨屋も多くないから……ここからならカルカット市が良さげかな」
「カルカットか。確かにあそこは人も多いし、店もたくさんあるからな」
「ちょうど私もそこに卵を卸しに行くところだったんだ。良かったら一緒に行かない?」
ナツは自分が持っている卵を見せながら、微笑んだ。
彼女の養鶏場から取れる卵はとても評判が良い。黄身が大きくて、味にコクがある。カルカット市を始め、いろんな街の話題のレストランに仕入れているという話は聞いたことがある。
「助かるよ。俺、カルカット市はそこまで詳しくないから」
「任せて。馴染みの服屋さんだったら、割引してくれるし」
「助かる、悪いな」
「ううん。いつもお世話になってるからさ。このくらいは何てことないよ」
ナツはそう言いながら、嬉しそうに「えへへ」と笑った。帽子をかぶってロバの紐を引っ張ると、カルカット市の方向を指差した。
「じゃあ、行こうか。ショッピングに……! 久々のお出かけだなぁ、
楽しみだなぁ」
うきうきと声を弾ませて、ナツは先導して歩き始めた。軽やかな足取りで先を進むナツを見て、サティは俺の肩をつついた。
「この際だから、ナツを誘うというのはどうだろう?」
「……何言ってんだ」
「子孫繁栄だよ」
もはやこの女神が何をし来たのか、正直分からなくなってきた。
0
お気に入りに追加
369
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?
悠
ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。
それは——男子は女子より立場が弱い
学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。
拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。
「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」
協力者の鹿波だけは知っている。
大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。
勝利200%ラブコメ!?
既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる