35 / 220
第31話 大英雄、誘う
しおりを挟む翌朝になって俺が階下に降りていくと、レイナはすでに朝ごはんの準備をしていた。昨日余った餃子の皮を使って、スープを作っているようだった。
塩味と鶏ガラの効いたスープの良い匂いが、食卓に漂っている。
「おはよう」
「おはようございます」
スープの味見をしながら、俺の方を見たレイナはいつも通りのクールな表情だった。昨日の会話を聞いていたような感じは無い。
「おっはよーう」
「おはようございます」
間も無くして、サティがボサボサの寝癖のまま階段を降りてくる。青い髪のところどころからピョンピョンとアホっぽい毛が飛び出している。
食卓に着くなり、サティはクンクンと鼻を動かして、子犬のような笑みを浮かべた。
「良い匂いだねぇ。鶏ガラのスープ?」
「はい。先日、ナツさんから鶏を分けてもらったので。サティさんは良く眠れましたか?」
「うん、ぐっすりと眠れた。私は眠りが深い方なんだ。だから、隣の部屋でどんなに声をあげても眼を覚まさないから、安心してくれ」
「声……?」
その言葉に、レイナは不思議そうな顔をして首を傾げた。
……本当に節操がない。
昨日の「早く性行為をしろ」というのはどうも本気らしい。しかしこんな朝っぱらから下ネタで責めるというは、果たしてこの女神は正気なんだろうか。
「どういうことでしょうか……?」
「何でもない。こいつの言うことは気にするな。ご飯を食べよう」
「……? ……はい」
サティからチッと舌打ちのような音が聞こえた。
レイナがスープを食卓に並べる。ふんわりと、良い出汁が香っている。随分と早く起きて、味付けをしていたようだ。カリカリにトーストしたパンと合わせれば、これ以上無い朝ごはんだ。
「いただきまーす」
早速、食べようとパンに手を伸ばしたら、サティが俺の肩をつついて棚の方を指差した。
「ねぇ、私、いちごジャムよりオレンジジャム派なんだ。取ってくれないか」
「なんで俺が……」
「君の方が近いじゃないか。早く早く、冷めちゃうよ」
急かされるように突つかれて、仕様がなく腰をあげる。棚の上の方に置いてあるオレンジジャムを取り出す。
目ざといやつだ。パトレシアからもらったオレンジジャムは、この前作ったばかりで楽しみに取っておいたものだったのに。
「ほらよ」
「ありがとう。うん、良い匂いだ」
そう言いながら、サティはスプーンで大量のオレンジジャムをすくうと、べっとりとパンに付けた。どう考えても分量がおかしい。あれじゃあ、ジャム付きのパンじゃなくて、パン付きのジャムだ。
「お前、貴重な果肉部分まで……!」
「うまい、うまい」
サティは俺の視線を気にすることなく、むしゃむしゃとパンを貪った。早いところこの女神を追い出さないと、我が家の食糧がまた枯渇してしまう。
さらにジャムを重ね塗りしている女神を横目に見ながら、パンを一口。そして、手元のスープを飲む。
ん?
「っっっっっっっ……!!!」
スープを口に含んだ瞬間、痛み、熱さ、痺れ、それから激痛が走った。
いつもの幻覚、じゃない。
この暴力的な刺激はただ単純に、
「かっっっらっっっっぁあああ!!!」
味覚器官をズタボロにぶっ壊すような辛さ。もはや味ではない。弾ける爆竹を口に含んだようなシンプルで暴力的な痛み。
「ど、どうしました!?」
正面に座るレイナが慌てて立ち上がった。見ると、レイナは普通にスープを飲んでいたようだ。悪いのはもちろんレイナの味付けではない。
となると元凶は隣に座るこの女。
「てめぇ……何がしたいんだ」
「辛味を入れすぎたんじゃないか。次はパンも気をつけた方が良いと思うゾ。なんにせよ、早く仕事をして欲しいなぁ」
自分のパンをパクリと食べて、サティはわざとらしくウィンクをした。
……舌が痺れている。何が女神だ。人の朝ごはんに大量の唐辛子をそそぎ込むなんて、正気の沙汰じゃない。
サティはレイナが水を取りに行ったタイミングで、辛さに悶え苦しむ俺に耳打ちした。
「君がもたもたしているからだ。早く彼女をベッドに誘うんだ。そうしなければ、君の朝ごはんは永遠に訪れないと思え」
確信した。この女は人でなしだ。
そもそも女神であるサティに倫理が通じるはずがない。彼女はやると言ったらやる。本当にパンに唐辛子を仕込むはずだ。
「大丈夫、僕が保証する。絶対にうまくいくから。今、誘ってしまえ。君だって男だろう。レイナのことは嫌いじゃないはずだ」
俺から顔を離すと、サティはレイナの方に目配せして、再びウィンクをした。そこには当然、脅迫の意味ももちろん含まれている。
……やるしかないのか。
水の入ったグラスを持ったレイナが帰ってくる。真っ白な髪をおろして、心配そうに俺を見つめるレイナの姿は……
まぁ、確かにかわいいけれども。
「どうなさいました?」
レイナが俺の視線に気づいて、キョトンとした顔をする。大きな瞳がパチパチと俺の顔を見つめる。
「あぁ。まぁ、その……」
「スープはお取り返しました。どうして、あんなに唐辛子が……」
「それは良いんだ……それより、レイナ、今夜空いているか?」
ガチャン、と。
レイナの手からこぼれ落ちたグラスが、床とぶつかって割れた。唖然とした顔のレイナは、ワナワナと声を震わせた。
「そ、それはどういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だよ。つまり、今夜。一緒に過ごせないかな」
「い、いっしょに?」
レイナが声がうわずって、手がカタカタと震えていた。
「そう、朝まで。君と一緒にいたい」
その言葉にレイナの顔が固まる。
数秒後、言葉にもならない声で、叫んだ。
「……ぁ……!」
耳の先端まで、真っ赤に染まったレイナはテーブルの下を見ていた。声を震わせて、レイナはなんとか言葉を吐き出した。
「そ、それは、そういう意味でとらえてよろしいのですか」
「うん、そうだ。今夜、君を抱きたいんだ」
頷いて、レイナの方をまっすぐ見つめる。
サティのアドバイス通り。直接的にまっすぐな言葉で。
「だ、き、た……!?」
拳を握りしめてその言葉を繰り返したあと、レイナは大きく深呼吸した。
そして呼吸を落ち着かせると、唐突にガタンと勢いよく椅子を蹴り飛ばした。衝撃でキッチンの方まで吹き飛ばされた椅子が、激しい音を立てた。
「レ、イナ………?」
それは、あまりのスピードに何が起こったのか分からないほどだった。
「バカっ……!!」
レイナの叫び声。
バチン!、と頬に鋭い痛み。
お星様が頭の中で激しく輝く。「バカ」とレイナの叫びが俺の中で何度も鳴って、エコーする。
「こんな朝っぱらから何を言っているんですかっっっ!?」
あ、当然だ。
顔を鬼のように真っ赤に染めたレイナは、頬に手を当てて宙を見ていた。
「……やっぱダメだったかぁ」
そう言ったのは隣に座っていた女神。倒れた俺を見下ろしながら、サティはのんきに俺の分のパンをかじっていた。
0
お気に入りに追加
368
あなたにおすすめの小説
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
俺だけ成長限界を突破して強くなる~『成長率鈍化』は外れスキルだと馬鹿にされてきたけど、実は成長限界を突破できるチートスキルでした~
つくも
ファンタジー
Fランク冒険者エルクは外れスキルと言われる固有スキル『成長率鈍化』を持っていた。
このスキルはレベルもスキルレベルも成長効率が鈍化してしまう、ただの外れスキルだと馬鹿にされてきた。
しかし、このスキルには可能性があったのだ。成長効率が悪い代わりに、上限とされてきたレベル『99』スキルレベル『50』の上限を超える事ができた。
地道に剣技のスキルを鍛え続けてきたエルクが、上限である『50』を突破した時。
今まで馬鹿にされてきたエルクの快進撃が始まるのであった。
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる