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第19話 大英雄、嘘がバレる
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テーブルに置かれているのは2つの鍋。
そこにはシチューが入っていて、どちらも良い匂いがする。美味しいことは間違いないだろう。なにせ2人の女の子が腕によりをかけて作ったのだから。
「さて、話を元に戻しましょうか」
レイナの顔は笑っていない。
もはや怒っているのかどうかすら分からない。いったいどうしてこんなことになってしまったんだ。
「どうして嘘をついたのですか」
全てを諦めて白状するしかない。
降参の意を示すために両手を上げて、素直に事実を述べるしか生き残ることが出来る道はない。
「すまない、パトレシアの家でお世話になっていた」
「それだけですか?」
「あと、一緒におふろに……」
「おふろ?」
「一緒にお風呂にはいった」
レイナの手からガシャンと鍋のふたが落ちる。
床にコロコロと転がった鍋のふたは、壁にぶつかって止まり、大きな金属音を立てて横たわった。
「一緒にお風呂、一緒にお風呂、一緒にお風呂、一緒に……お風呂?」
レイナはその言葉を何度も繰り返した。視線が左右に揺れて落ち着かない。壊れた音楽プレイヤーのように、レイナは10数回ほど同じ言葉を繰り返したあとで、大きく咳払いをした。
「ゴホン」
手を組んで目を閉じたレイナは、まっすぐ俺と向き直った。
「お風呂……そうですか。私はパトレシアさんと一緒にお風呂に入っているアンクさまを、ずっと待っていたのですね」
「す、すまなかった……ただ、いつの間にか寝ていて……こんな時間に……」
「良いのです……よ」
レイナは大きなため息をついて、ポツリとつぶやいた。
「ですが……嘘はやめてください」
彼女はくるりと俺に背を向けて、2階へと通じる階段を上り始めた。俺のことを見ることもせず、レイナは静かな声で言った。
「私はもう寝ます。あとはご勝手に」
「お、俺が悪かった。もう嘘はつかない。晩ご飯の約束も破らない。降りてきて、一緒に飯を食おう」
「いりません。もうお腹がいっぱいです」
「それは嘘だ……」
レイナはずっとリビングで待っていた。
並べられている食器はピカピカに磨かれていて、使った形跡がない。彼女は俺が帰ってくるまで、ずっとテーブルに座って待っていたのだろう。
「レイナ……」
「おやすみなさい」
レイナは静かな足運びで階段を上っていった。パタンと扉を閉める音。もう何も言い返すことが出来なかった。
あとは……沈黙。
1人リビングに残される。
「はぁ……やっちまった」
自分のしたことのしょうもなさに呆れて言葉も出ない。レイナを待たせたにも関わらず、嘘をつくなんて男として最低だ。
どうせつくなら、バレない嘘をつけば良かったのに。まったく自分の不出来さに腹がたつ。
「ダメだな、明日土下座して謝ろう」
レイナの部屋の扉をノックしても、何も反応がなかった。こうなった彼女が扉から出てくるのは、天の岩戸よりも難しい。俺が裸で踊ろうとも、彼女はこの扉を開けないだろう。
「シチュー、食べるか」
2つ並んだシチューのレイナが作ってくれた方を選ぶ。パトレシアのものは明日食べよう。
鍋の蓋を開けて中を見る。
レイナが作ってくれていたシチューは、パトレシアが作ってくれたものとは違い不恰好さがあった。大きさの整っていない人参やジャガイモが、白いルーの間から顔を覗かせているのがいかにもレイナらしいと言える。
「良い香りだ」
立ち上る湯気からは、ほんのりとハーブの香りがした。この香りは知っている。しばらく嗅いでいなかったかもしれない。
お玉を上げて、一口食べてみる。ルーを冷まして、舌の上で味わう。
「うまい……」
想像以上の美味しさだった。
牛乳が新鮮だというのもあるが、口の中で広がるハーブの香りが効いている。具材の臭みを消して、爽やかな気分にさせてくれる。
食欲は止まらず、皿に盛り付けて食べていくうちにあっという間に鍋はほとんど空っぽになってしまった。
鍋をすくっていく内に、俺は香りの元になったであろう、刻まれたハーブを見つけた。鮮やかな緑がどうやら隠しスパイスとなっているようだ。
その切れ端をフォークで取って、自分の鼻に近づけてみる。
「あれ…………?」
途端にグラリ、と視界が歪む。
めまい。
頭がぼうっとして、ライトがチカチカと明滅している。
「っっ!?」
それから昨日と全く同じ、唐突で暴力的とも言える強烈な痛み。ズキンズキンという痛みの間から、見たことのない映像が流れ込んでくる。
「な、んだ、これ……!?」
シチューに毒が……?
一瞬、そう邪推もしたが、ありえない。レイナがそんなことをする訳ないし、何しろさっきまで食べていて何も異変はなかったんだ。
毒じゃない。
痛みは頭の内側。もっともっと奥の方から来ている。脳みそが痛いという表現することすら間違っている。
「も、もっと深い……どこか」
フォークが床に落ちて、カランと音を立てる。乾いた音が、頭の中でフィルターを通したみたいにくぐもって何度もエコー再生される。
カラン、カラン、カラン、カラン。
森と、血と、女と、ハーブの香り。優しくて、心の中がホッとするような大好きな、香りだ。
——————————私の大好きな。
「……違う、これは誰だ」
視点が違う。これは俺ではなくて、俺ではない誰かだ。
「誰だ」
頭の中で流れる映像が物語を映し出し始める。
バラバラになった本のページが紐でくくられるように、意味のある物語として並び替えられる。
物語としての体裁を成したと言った方が正しいだろうか。
場所は分かる。空間も分かる。自分が意味は分からない。その真意は分からない。自分が誰かは分からない。
必死に。
死に物狂いに。
誰かが叫んでいる。
今の俺が理解できるのは、それくらいしかなかった。
そこにはシチューが入っていて、どちらも良い匂いがする。美味しいことは間違いないだろう。なにせ2人の女の子が腕によりをかけて作ったのだから。
「さて、話を元に戻しましょうか」
レイナの顔は笑っていない。
もはや怒っているのかどうかすら分からない。いったいどうしてこんなことになってしまったんだ。
「どうして嘘をついたのですか」
全てを諦めて白状するしかない。
降参の意を示すために両手を上げて、素直に事実を述べるしか生き残ることが出来る道はない。
「すまない、パトレシアの家でお世話になっていた」
「それだけですか?」
「あと、一緒におふろに……」
「おふろ?」
「一緒にお風呂にはいった」
レイナの手からガシャンと鍋のふたが落ちる。
床にコロコロと転がった鍋のふたは、壁にぶつかって止まり、大きな金属音を立てて横たわった。
「一緒にお風呂、一緒にお風呂、一緒にお風呂、一緒に……お風呂?」
レイナはその言葉を何度も繰り返した。視線が左右に揺れて落ち着かない。壊れた音楽プレイヤーのように、レイナは10数回ほど同じ言葉を繰り返したあとで、大きく咳払いをした。
「ゴホン」
手を組んで目を閉じたレイナは、まっすぐ俺と向き直った。
「お風呂……そうですか。私はパトレシアさんと一緒にお風呂に入っているアンクさまを、ずっと待っていたのですね」
「す、すまなかった……ただ、いつの間にか寝ていて……こんな時間に……」
「良いのです……よ」
レイナは大きなため息をついて、ポツリとつぶやいた。
「ですが……嘘はやめてください」
彼女はくるりと俺に背を向けて、2階へと通じる階段を上り始めた。俺のことを見ることもせず、レイナは静かな声で言った。
「私はもう寝ます。あとはご勝手に」
「お、俺が悪かった。もう嘘はつかない。晩ご飯の約束も破らない。降りてきて、一緒に飯を食おう」
「いりません。もうお腹がいっぱいです」
「それは嘘だ……」
レイナはずっとリビングで待っていた。
並べられている食器はピカピカに磨かれていて、使った形跡がない。彼女は俺が帰ってくるまで、ずっとテーブルに座って待っていたのだろう。
「レイナ……」
「おやすみなさい」
レイナは静かな足運びで階段を上っていった。パタンと扉を閉める音。もう何も言い返すことが出来なかった。
あとは……沈黙。
1人リビングに残される。
「はぁ……やっちまった」
自分のしたことのしょうもなさに呆れて言葉も出ない。レイナを待たせたにも関わらず、嘘をつくなんて男として最低だ。
どうせつくなら、バレない嘘をつけば良かったのに。まったく自分の不出来さに腹がたつ。
「ダメだな、明日土下座して謝ろう」
レイナの部屋の扉をノックしても、何も反応がなかった。こうなった彼女が扉から出てくるのは、天の岩戸よりも難しい。俺が裸で踊ろうとも、彼女はこの扉を開けないだろう。
「シチュー、食べるか」
2つ並んだシチューのレイナが作ってくれた方を選ぶ。パトレシアのものは明日食べよう。
鍋の蓋を開けて中を見る。
レイナが作ってくれていたシチューは、パトレシアが作ってくれたものとは違い不恰好さがあった。大きさの整っていない人参やジャガイモが、白いルーの間から顔を覗かせているのがいかにもレイナらしいと言える。
「良い香りだ」
立ち上る湯気からは、ほんのりとハーブの香りがした。この香りは知っている。しばらく嗅いでいなかったかもしれない。
お玉を上げて、一口食べてみる。ルーを冷まして、舌の上で味わう。
「うまい……」
想像以上の美味しさだった。
牛乳が新鮮だというのもあるが、口の中で広がるハーブの香りが効いている。具材の臭みを消して、爽やかな気分にさせてくれる。
食欲は止まらず、皿に盛り付けて食べていくうちにあっという間に鍋はほとんど空っぽになってしまった。
鍋をすくっていく内に、俺は香りの元になったであろう、刻まれたハーブを見つけた。鮮やかな緑がどうやら隠しスパイスとなっているようだ。
その切れ端をフォークで取って、自分の鼻に近づけてみる。
「あれ…………?」
途端にグラリ、と視界が歪む。
めまい。
頭がぼうっとして、ライトがチカチカと明滅している。
「っっ!?」
それから昨日と全く同じ、唐突で暴力的とも言える強烈な痛み。ズキンズキンという痛みの間から、見たことのない映像が流れ込んでくる。
「な、んだ、これ……!?」
シチューに毒が……?
一瞬、そう邪推もしたが、ありえない。レイナがそんなことをする訳ないし、何しろさっきまで食べていて何も異変はなかったんだ。
毒じゃない。
痛みは頭の内側。もっともっと奥の方から来ている。脳みそが痛いという表現することすら間違っている。
「も、もっと深い……どこか」
フォークが床に落ちて、カランと音を立てる。乾いた音が、頭の中でフィルターを通したみたいにくぐもって何度もエコー再生される。
カラン、カラン、カラン、カラン。
森と、血と、女と、ハーブの香り。優しくて、心の中がホッとするような大好きな、香りだ。
——————————私の大好きな。
「……違う、これは誰だ」
視点が違う。これは俺ではなくて、俺ではない誰かだ。
「誰だ」
頭の中で流れる映像が物語を映し出し始める。
バラバラになった本のページが紐でくくられるように、意味のある物語として並び替えられる。
物語としての体裁を成したと言った方が正しいだろうか。
場所は分かる。空間も分かる。自分が意味は分からない。その真意は分からない。自分が誰かは分からない。
必死に。
死に物狂いに。
誰かが叫んでいる。
今の俺が理解できるのは、それくらいしかなかった。
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