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第18話 大英雄、嘘をつく
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自分の家の近くまで着いて、庭の様子を伺いながら玄関までたどり着く。
大丈夫だ、レイナはいない。
この前のように水をかけようと待ち伏せしている気配は無い。月の光が穏やかに庭を照らしている。色とりどりの花が静かに揺れている。異常はない。
家はまだ光が灯っていた。レイナはまだ起きているようだ。
「さすがに怒られるよな……」
シチューが入った鍋を抱えながら、ため息をつく。レイナの大好物でもあるシチューを、家を出る時にパトレシアが分けてくれた。
『これ、レイナちゃんに渡してあげて。保証は出来無いけれど、少しは機嫌が良くなるはずだから』
『そ、そうだな……』
『私の家に泊まったことは絶対に言わないでね』
絶対だよ、と念押ししながらパトレシアは俺を見送った。
鍋の隙間からは手作りの牛乳ソースの良い香りがする。具材も凝っていて、採れたての新鮮な野菜がシチューを彩っている。
何せあのパトレシアが作ったシチューだ。美味しいことは間違いない。
「ただいまー……」
決意を固めて、家の扉を開ける。
リビングの灯は消されていて、キッチンの方だけランプが灯っていた。その近くで、レイナがメイド服を着たまま椅子に突っ伏して寝ていた。
扉を開けるギィという音に反応したのか、レイナの身体がぴくりと動いた。彼女は身を起こし、俺を見た。
「アンク……さま」
「レイナ、ただいま。遅くなってすまない」
「おかえりなさいませ…………なんでしょうか、それは?」
目をこすりながら、レイナは俺が持っている鍋に視線を止めた。目つきで分かる。これは完全に疑っている時の表情だ。
「あぁ、シチューだよ。町外れの農場のおばちゃんからもらったんだよ。ほら、牛を育てているオクラさん、分かるだろ」
「オクラ……さん」
訝しげに目を細めながら、レイナは口の中で『オクラさん』という言葉を、口の中で何度も反芻していた。
オクラさんは良く俺の家にシチューを分けてくれる。いつもなら、レイナも「あぁそうですか」とあっさりと頷く。
しかし今日は様子が違う。
顎に手を当てて、考え込む仕草をしていたレイナは顔をあげて質問した。
「どちらへ行かれていたんですか?」
「だからオクラさんのところだよ。トビッコウオ退治で泥だらけになったから、オクラさんのところの家で世話になっていたんだ」
「……オクラさん」
その言葉を放ち急に立ち上がると、レイナは俺が着ているコートに顔を近づけて、クンクンと嗅いだ。鼻を動かし、しばらくすると、レイナは視線をあげて俺を見た。
「戦闘していたにしては随分と綺麗ですね。石鹸の匂いがします。どこかで洗われたのですか」
「あれだよ、オクラさんの家で洗ってもらったんだよ。泥だらけになっていたからね」
「オクラさんの家にかなり長い時間いたということですね」
「あぁ、そういうことになるかな。半日くらいはオクラさんの家にいたよ」
「半日……」
レイナが視線を下げて、また何か考えるような表情をする。
これは……地雷だったかもしれない
あからさまにレイナの表情がおかしい。最初から俺の話を信じていないような雰囲気だ。
「少し待っていてください」
そう言うとレイナはキッチンに戻り、なにやら巨大なボトルを抱えて戻ってきた。半透明のボトルにはちゃぷちゃぷと波打つ白い液体が入っていた。
牛乳だ。
「この牛乳は先ほど、オクラさんから頂いたものです」
冷や汗が伝う。
まずい、非常にまずい。
「トビッコウオを退治してくれたお礼だそうです。パトレシアさんの雷に打たれながら、水車小屋を守ってくれたと感謝してくれました。私が、あなたがどこに行ったか知っているかと聞くと、オクラさんは『知らない』と言いました」
もはや言い逃れが出来る状況ではなかった。下手に名前を出さずに、適当にやり過ごしていけば良かった。君子策に溺れる、とはまさにこのことか。
「どうしてオクラさんは嘘をついたのでしょうか?」
「それ……は」
「どうしてオクラさんは嘘をついたのでしょうか?」
怖い。
レイナの視線はまっすぐ俺の顔に向いている。下手に嘘をつけば、首をはねられかねない位の威圧感だ。
その揺るがない瞳でレイナは再び同じ言葉を繰り返そうとした。
「どうして……」
「わ、分かった! 分かった! 俺が悪かった! 本当はパトレシアの家に行っていたんだ! すまない!」
「ほう、嘘をついていたのはアンクさまだったということですね。腑に落ちました」
「分かってくれたか」
「……どうして嘘をついたのですか」
そう来たか。
どうして嘘をついたかと聞かれると、パトレシアが言わないでくれと言ったからだが、そう言ってしまうともはや全部白状したも同然だ。
「どうして嘘をついたのですか」
なにやらさっきから自分で自分の墓穴を掘っているような気がする。俺に残された選択肢は3つ。
①正直に白状する
②嘘をつく
③沈黙する
……どれも無いな。
レイナが納得してくれる保証はないし、怒りを買ってご飯抜きになってしまう可能性の方が高い。
そうなると④話をそらす、に賭けるしかなさそうだ。
抱えていたシチューの鍋を持ち上げて見せて、レイナに見せる。
「そ、そうだ! このシチュー、パトレシアからもらったんだ。良かったら今から一緒に食べよう!」
「シチュー……ですか?」
「あぁ、好きだったろ、シチュー」
シチューと聞いて、レイナの目の色が変わる。
これは成功か。ホッと安堵のため息をつく間もなく、レイナの声のトーンが変わる。
「……それで私が納得するとでも?」
彼女の声を聞いて背筋がぞっと震え上がる。
その声は静かなトーンだったが、今まで聞いたどんな声よりもずっと悪阻らしかった。
「少し待っていてください」
心臓が痛い。痛みで死にそうなほどに痛い。
完全に道を誤った。せめて5分前に戻してほしい。
「アンクさま」
なんで気がつかなかったんだ、俺の馬鹿野郎。
リビングまで漂う香り、オクラさんから牛乳をもらったというヒントで気がつくべきだったんだ。
レイナはキッチンから大きな鍋を抱えて戻ってきた。
鍋のふたを開けると、そこには菜園で採れたの野菜が入った、ほのかな湯気を立てるシチューがあった。
「これはオクラさんからもらった牛乳で作ったシチューです」
丸かぶりじゃないか、ちくしょう。完全にやってしまった。
大丈夫だ、レイナはいない。
この前のように水をかけようと待ち伏せしている気配は無い。月の光が穏やかに庭を照らしている。色とりどりの花が静かに揺れている。異常はない。
家はまだ光が灯っていた。レイナはまだ起きているようだ。
「さすがに怒られるよな……」
シチューが入った鍋を抱えながら、ため息をつく。レイナの大好物でもあるシチューを、家を出る時にパトレシアが分けてくれた。
『これ、レイナちゃんに渡してあげて。保証は出来無いけれど、少しは機嫌が良くなるはずだから』
『そ、そうだな……』
『私の家に泊まったことは絶対に言わないでね』
絶対だよ、と念押ししながらパトレシアは俺を見送った。
鍋の隙間からは手作りの牛乳ソースの良い香りがする。具材も凝っていて、採れたての新鮮な野菜がシチューを彩っている。
何せあのパトレシアが作ったシチューだ。美味しいことは間違いない。
「ただいまー……」
決意を固めて、家の扉を開ける。
リビングの灯は消されていて、キッチンの方だけランプが灯っていた。その近くで、レイナがメイド服を着たまま椅子に突っ伏して寝ていた。
扉を開けるギィという音に反応したのか、レイナの身体がぴくりと動いた。彼女は身を起こし、俺を見た。
「アンク……さま」
「レイナ、ただいま。遅くなってすまない」
「おかえりなさいませ…………なんでしょうか、それは?」
目をこすりながら、レイナは俺が持っている鍋に視線を止めた。目つきで分かる。これは完全に疑っている時の表情だ。
「あぁ、シチューだよ。町外れの農場のおばちゃんからもらったんだよ。ほら、牛を育てているオクラさん、分かるだろ」
「オクラ……さん」
訝しげに目を細めながら、レイナは口の中で『オクラさん』という言葉を、口の中で何度も反芻していた。
オクラさんは良く俺の家にシチューを分けてくれる。いつもなら、レイナも「あぁそうですか」とあっさりと頷く。
しかし今日は様子が違う。
顎に手を当てて、考え込む仕草をしていたレイナは顔をあげて質問した。
「どちらへ行かれていたんですか?」
「だからオクラさんのところだよ。トビッコウオ退治で泥だらけになったから、オクラさんのところの家で世話になっていたんだ」
「……オクラさん」
その言葉を放ち急に立ち上がると、レイナは俺が着ているコートに顔を近づけて、クンクンと嗅いだ。鼻を動かし、しばらくすると、レイナは視線をあげて俺を見た。
「戦闘していたにしては随分と綺麗ですね。石鹸の匂いがします。どこかで洗われたのですか」
「あれだよ、オクラさんの家で洗ってもらったんだよ。泥だらけになっていたからね」
「オクラさんの家にかなり長い時間いたということですね」
「あぁ、そういうことになるかな。半日くらいはオクラさんの家にいたよ」
「半日……」
レイナが視線を下げて、また何か考えるような表情をする。
これは……地雷だったかもしれない
あからさまにレイナの表情がおかしい。最初から俺の話を信じていないような雰囲気だ。
「少し待っていてください」
そう言うとレイナはキッチンに戻り、なにやら巨大なボトルを抱えて戻ってきた。半透明のボトルにはちゃぷちゃぷと波打つ白い液体が入っていた。
牛乳だ。
「この牛乳は先ほど、オクラさんから頂いたものです」
冷や汗が伝う。
まずい、非常にまずい。
「トビッコウオを退治してくれたお礼だそうです。パトレシアさんの雷に打たれながら、水車小屋を守ってくれたと感謝してくれました。私が、あなたがどこに行ったか知っているかと聞くと、オクラさんは『知らない』と言いました」
もはや言い逃れが出来る状況ではなかった。下手に名前を出さずに、適当にやり過ごしていけば良かった。君子策に溺れる、とはまさにこのことか。
「どうしてオクラさんは嘘をついたのでしょうか?」
「それ……は」
「どうしてオクラさんは嘘をついたのでしょうか?」
怖い。
レイナの視線はまっすぐ俺の顔に向いている。下手に嘘をつけば、首をはねられかねない位の威圧感だ。
その揺るがない瞳でレイナは再び同じ言葉を繰り返そうとした。
「どうして……」
「わ、分かった! 分かった! 俺が悪かった! 本当はパトレシアの家に行っていたんだ! すまない!」
「ほう、嘘をついていたのはアンクさまだったということですね。腑に落ちました」
「分かってくれたか」
「……どうして嘘をついたのですか」
そう来たか。
どうして嘘をついたかと聞かれると、パトレシアが言わないでくれと言ったからだが、そう言ってしまうともはや全部白状したも同然だ。
「どうして嘘をついたのですか」
なにやらさっきから自分で自分の墓穴を掘っているような気がする。俺に残された選択肢は3つ。
①正直に白状する
②嘘をつく
③沈黙する
……どれも無いな。
レイナが納得してくれる保証はないし、怒りを買ってご飯抜きになってしまう可能性の方が高い。
そうなると④話をそらす、に賭けるしかなさそうだ。
抱えていたシチューの鍋を持ち上げて見せて、レイナに見せる。
「そ、そうだ! このシチュー、パトレシアからもらったんだ。良かったら今から一緒に食べよう!」
「シチュー……ですか?」
「あぁ、好きだったろ、シチュー」
シチューと聞いて、レイナの目の色が変わる。
これは成功か。ホッと安堵のため息をつく間もなく、レイナの声のトーンが変わる。
「……それで私が納得するとでも?」
彼女の声を聞いて背筋がぞっと震え上がる。
その声は静かなトーンだったが、今まで聞いたどんな声よりもずっと悪阻らしかった。
「少し待っていてください」
心臓が痛い。痛みで死にそうなほどに痛い。
完全に道を誤った。せめて5分前に戻してほしい。
「アンクさま」
なんで気がつかなかったんだ、俺の馬鹿野郎。
リビングまで漂う香り、オクラさんから牛乳をもらったというヒントで気がつくべきだったんだ。
レイナはキッチンから大きな鍋を抱えて戻ってきた。
鍋のふたを開けると、そこには菜園で採れたの野菜が入った、ほのかな湯気を立てるシチューがあった。
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