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16時限目 表と裏(1)
しおりを挟む朝日に照らされた旧校舎に到着したフジバナは、馬小屋に愛馬を入れると、まっすぐダンテの待つ宿直室へと向かった。
「隊長、おはようございます」
「おぉ……今日も来てくれたのか」
寝ぼけ眼で歯を磨いているダンテは大きく伸びをしていた。白いシャツから覗く腕は、たくましく鍛え上げられていた。
「わざわざ悪いな」
「当然です。まだ授業は始まったばかりですから」
「実は、そのことで相談なんだが」
中に入るように促されて、フジバナは丁寧に靴を脱ぐと、クッションの上にちょこんと正座した。
「なんでしょうか?」
「対抗戦って知ってるか?」
「はい、学生時代に何度か。クラスごとに分かれての模擬戦闘。学内のみならず、保護者も集まる春の一大行事です。当然、成績にも関係しますね」
「さすが卒業生だ。で、実は『パラディン』に目を付けられた」
「パラディン?」
目をキュッと細めたフジバナは、非難するようにダンテに問いかけた。
「隊長が喧嘩を売ったんですか」
「いや……俺じゃないんだが……いや、俺か。まぁ、どうでも良い。どちらにせよ、一部の奴が俺たちを敵視している」
「具体的には」
「ブラム・バーンズ」
「なるほど」フジバナは大きく頷いた。「あのいけすかないバーンズ卿の息子ですか。厄介ですね」
「だろう?」
「何かの対策を取らなければ、タコ殴りに合うでしょうね。その分、彼女たちの卒業も遠ざかる」
「全くその通りだ」
「それで、私は? ブラム・バーンズに一ヶ月程度寝込んで貰えばよろしいでしょうか。子どもを相手にするというのは気が引けますが」
「おい、畜生行為は厳禁だ。バレたら首じゃすまされん」
「では、どうしましょう?」
「あいつらにまともな戦い方を教えてやってほしい。特にマキネス・サイレウス。ちょっと魔導……というかあいつ自体に難があるな。何をやっても触手しかでてこない」
ダンテが見る限り、マキネスの魔導には致命的な問題がある。サイレウスの名を名乗る以上、彼女の適性は再生や治癒を主とする魔導にあるはずだった。それが全く出せないということは、彼女の根本に大きな欠陥があるとしか考えられない。
「あいにく俺は不器用だから、きちんと魔導を教えることができない。理論とかそういうのは、あんまり性にあってないんだ。その点、お前は使い方がうまい。正しい導き方も教えられる」
「……そこまで褒められると少し照れますが」照れくさそうに手元で自分の髪をくるくると巻きながら、フジバナは言った。
「分かりました。請負ましょう。子ども相手の魔導の使い方なら、問題なく教えられると自負してます」
「頼む。俺はちょっとやることがあるから、半日ほど校舎を離れる」
「どちらへ?」
「まだ一人顔も見ていない生徒がいるんだ。そいつも卒業させてやらなきゃ、アイリッシュ卿からの恩赦は受けられない」
引き出しからクラス名簿を取り出すと、ダンテは一人の名前を指差してフジバナに見せた。
「イムドレッド・ブラッド」
「処刑人の息子だ。学園に入っていたこと自体に驚きだが、実はこいつもクラス「ナッツ」なんだ」
「そうですね……ブラッドの一族はなんというか、もっとこう血なまぐさいところにいるというか、変わっていると言いますか……」
「俺も同じ感想だ。あそこはあまり表舞台には出てこない。屈指の暗殺集団だからな。一応貴族の末席にはいるが、こういうのとは距離を置くような連中だ」
よっこらせと言ってダンテはクラス名簿を脇に抱えて、立ち上がった。
「しかし生徒である以上、迎えに行くしかない。街で情報を聞いて、せめてねぐら位は特定しておかないとな」
「承知しました。それにしても……初めての男子生徒ですね」
「うん?」
「いえ、このクラスは女子だけしかいなかったので、隊長の悪い噂が広まったら大変だと、内心危惧していたところではありました。『年端もいかない女子に手を出した教師』なんて話になってしまったら、血の涙を流していたところです」
「あぁ、そうかフジバナ、お前まだ知らなかったんだな」
「何をですか?」
うーんと上を向いて、言おうか言わないか考えていたダンテは、「やっぱり言うか」と口を開いた。
「シオンは男だぞ」
「えっ」
「あいつは正真正銘の男だ。股間のブツがあるのも確認してある」
その言葉を受け止められずに、呆然とした様子で固まるフジバナをよそに、ダンテは「馬借りるぞ」と言って、宿直室から出て行った。
「おとこ……?」
ひまわりのような明るい笑顔をふりまく金髪の美少女。フジバナの中で、そのシルエットと『男』という言葉が結びつくまでに、一時間以上を要することになった。
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