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39、もっと強く

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 俺と春姫は、家までの帰り道を歩いて行った。いつもの通学路も、今日はどこか違って見えた。どこか気恥ずかしくて、会話も少なく、俺たちはほとんど何も言わずに、家までの道のりを歩いていた。

 何か言おうと思って、ふと振り向くが春姫の横顔を見て、胸がドキリと締め付けられる。

 風になびく髪とか、制服の袖から見える二の腕とか、少しだけあいた口の隙間とか、そう言うものを見ると、胸が締め付けられる。 

 ダメだ。
 うまく言葉が出てこない。

「……」

 普段はなんてことが無い会話が、出て来てくれない。
 家の近く、交差点の信号待ちをしている間、春姫が思い出したように呟いた。

「そういえば、あの公園……」

 はす向かいにある小さな公園の入り口を見ながら、春姫は言った。

「もうすぐなくなるんだって。知ってた?」

「……初めて聞いた」

「道路を拡張するんだって。残念だな。昔は良く遊んでたのに」

 春姫はぼんやりとした様子で、公園の中に入っていた。この公園を抜けると、俺と春姫の家が見えてくる。

 すぐ近所のこの公園は、言葉の通り良く遊んだ場所だ。

「ブランコやって良い?」

 春姫が公園の隅にある古びたブランコを指差す。俺がうなずくと、彼女は楽しそうにそこに座って、こぎ始めた。

「押してやろうか」

 俺が声をかけると、

「うん……!」

 彼女は満面の笑みでうなずいた。 

 ブランコが動くと、キィと鎖の軋む音がする。徐々に早くなるその音を聞きながら、俺は春姫の背中をゆっくりと押していた。

「昔は良くここで遊んだね」

 少し大きな声で春姫は、俺に言った。

「懐かしいなぁ。私がブランコ怖い怖いって言っても、テッちゃん、意地悪だから面白がってやめなかったよね」

「そんなことあったか?」

「うん、あったあった! 私、覚えてるもん!」

 はしゃいだような調子で、春姫は「もっと強く押して」と叫ぶように言った。

 その言葉通りに背中を強く押すと、ブランコは勢いを増した。押している俺が怖くなるくらいに、すごいスピードで行ったり来たりを繰り返した。

「怖くないか?」

「ううん、全然! もっと強く!」

 春姫は楽しそうに笑いながら、気持ちよさそうに目を細めていた。太陽が真正面から当たって、彼女の頬に真っ赤な日が差していた。

 光景に俺が見とれていたその時、ふと春姫がその手を離した。

 空中、一番高いところで、春姫は宙へと飛んだ。

「姫ちゃ……!」 

 思わず叫ぶ。

 ふわりと舞い上がった春姫の身体は、宙高く、俺の頭一つ分高い位置にいた。

 彼女の身体が、赤い夕陽を一直線に浴びる。

 地面に触れる寸前で、春姫が器用に膝を曲げて、着地の体制を整える。想像していたよりもずっと軽々と地面に降り立った。

「……着地」

 両手を広げて、くるりと俺の方を向いて、春姫はえへへと笑った。

「びっくりした?」

「……びっくりした。心臓に悪い」

「成長したんだよ」

「昔とは違うな」

「そう。ちょっとずつ変わっていっている。この公園も、私も、テッちゃんも」

 そう言うと、春姫は「あー楽しかった」と言って、カバンを持って踵を返した。

 俺も彼女の後に続いて、公園を抜けて家の前へとたどり着いた。

 玄関の前に立ち止まって俺たちは、しばらく何も言わずにいた。

「……来るか?」

 俺は春姫の方を振り返って言った。

「うん」

 春姫は俺の手を掴んで言った。 

「だって今日は水曜日だもん」 
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