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30、二人は仲良しこよし
しおりを挟む同じクラスにいるにも関わらず、春姫と俺はほとんど話すこともなく、日々は過ぎ去っていった。陸上部の大会を間近にした春姫は、放課後になると忙しそうだった。
俺も放課後は、福男の練習に付き合っていた。気を紛らわせられるのは、少しだけ助かっている。
それでも毎週水曜日に春姫が来ないことは、やはり心のどこかで軋み続けていた。
「佐良、元気ないじゃん。どうしたの?」
小道具係で一緒になった猪苗代は、良く声をかけてきた。
「悩み事? 聞くよー」
「別に」
テキパキとした動作で裁縫を進めながら、彼女は舞台の衣装を作っていた。見た目に反して、猪苗代は意外と器用だった。難しそうな衣装を、ミシンですいすいと縫っていく。
俺は猪苗代の隣で、書き割りになる木を作るために、厚紙を葉っぱの形にハサミで切っていた。
「何でもないよ」
「何でもなくないでしょ。見たら分かるよ」
猪苗代は手を止めると、ちらっと俺に視線を送った。
「悩み? もしかして恋?」
「……まさか」
「じゃあ何さ。別に悩むような交友関係なんてないのは知ってるよ」
「余計なお世話だよ。……否定はできないけど」
葉っぱの形が乱れている。ハサミで切り落とした緑の色紙は、葉っぱと呼ぶにはあまりに不格好だった。
「人間って難しいな」
「あはは」
猪苗代はカタカタとミシンを動かしながら言った。
「それを悩みって言うんだよ」
「……何を考えているか分からない。他人も、自分も」
「自分の気持ちが分からないってこと?」
「そう……だな。俺、自分のこと強い人間だと思っていた」
俺は中学最後の一年間、人生の中で最も孤独だった頃を思い出していた。
「俺、こう見えてもそこそこ陽キャだったんだぜ」
「佐良が?」
猪苗代はふふとおかしそうに笑った。
「ごめんごめん、あんまり想像つかなかったから。佐良、そんなタイプじゃなさそうなのに」
「取り繕ってたんんだ。途中で面倒くさくなった。どこかに行って、ワーワー楽しくやっているよりも、家でぼうっとしている方が好きだった」
「それ、わたしも分かる」
「孤独には慣れてると思ってたんだ。一人でいることに、慣れているんだと」
「実際は違った?」
「……かも」
俺はもう葉っぱを切るのを諦めていた。
「俺はずっと甘えていたんだな」
孤独に強いと思っていたのは、気のせいだった。俺が孤独を乗り切ることができたのは、春姫のおかげだ。
春姫にずっと甘えていた。
彼女が当たり前のように、俺の家に来てくれることに甘えていた。当たり前のように話して、話を聞いてくれることに慣れすぎていた。
彼女が俺に身体を許すのも、心のどこかで当然だと思っていた。
……今となっては、そんな後悔も手遅れなのかもしれない。
「佐良」
猪苗代は俺の肩を叩いて、手を差し出した。
「それ、貸して」
俺から色紙をひったくるように奪うと、鼻歌混じりにリズム良くハサミを動かし始めた。
「ちょきちょきちょき~。チィチィパパの、ちょきちょきちょきんこ~」
「……何だ、その歌」
「え、知らない? やだ、みんな知ってるのかと思った。ちょきちょっとな」
奇妙な鼻歌を続けながら、猪苗代はハサミを動かし続けた。楽しげに手を動かすと、小さな人形を切り抜いて見せた。
「はい、できた」
「何だこれ」
「開いてみて」
良く見ると、その人形は半分に折れていて、開けるようになっていた。言われた通りに開いてみると、切り紙は二人の手を繋いだ人形になった。
「お前……器用だな」
驚く俺を、猪苗代はジッと顔を覗き込んでいた。
「きっと向こうも同じことを思っているよ」
「同じこと……?」
「過ごした時間は同じなんだから。何も思ってないはずがないよ。ましてやずっといた相手なら、なおさらじゃない?」
猪苗代から渡された紙の人形を見つめる。
その言葉に、俺は少しだけ勇気付けられた気がした。
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