29 / 41
29、運を使い果たしたでござる
しおりを挟む九月になっても、街は当然のように暑かった。コンクリートが照り返す、うだるような暑さの街を歩いていって、俺はようやく学校にたどり着いた。
教室に入ると、楽しそうに話していた福男と猪苗代が俺を見て、手を振った。
「お、佐良、おっはよー!」
「おはようでござる」
「……おはよう」
人と話すのが随分と久しぶりな気がする。
ぼうっとした頭のまま席に座ると、猪苗代が心配そうな顔でのぞき込んできた。
「佐良、どうしたの、元気ないじゃん」
「いつものことだよ」
「それもそっかー。登校日も一度も来なかったしねー」
「登校日?」
「あ、やっぱ忘れてたんだね。ラインも返事しなかったし」
そう言って、猪苗代は勝手に人の机の中を漁ると、あったあったと言って、A4のプリントを取り出した。
「文化祭の役決めと練習」
「……そういえばこんなものを見た気がする」
「まぁ、佐良以外にも来なかったやつも一杯いるから、しゃーないよ。佐良は私と一緒で小道具係だよ。がんばろーね」
「おぅ……」
改めてプリントの内容を見る。ほとんど、目も通していなかったが、うちのクラスは演劇をやることに決まったらしい。
題目は『美女と野獣』。
「野獣は拙者でござる」
「ぴったりだよねー」
「いつの間にか決まっていたでござる。皆々、部活が忙しいから、暇な拙者にお鉢が回ってきたでござる」
「図体だけで決めたな……」
文化部は各々の出し物で忙しいし、運動部は秋の大会で手一杯だ。所詮、保護者とか身内だけの祭りだから、積極的に力を入れる生徒は最上級生を除けば、ほとんどいない。
「ヒロインは誰がやるんだ?」
「それがね……」
実に楽しそうな顔で猪苗代が口を開く。だが、その名前を聞く前に、張本人が現れた。
「おはよー」
さぁっと俺の横を爽やかな風が通り過ぎる。
久しぶりに会った春姫は、以前よりも、少し髪が伸びていた。長い髪がさらりと視界を横切った。
歩いていく春姫に、猪苗代が声をかけた。
「おはよー、主役」
「う……ちょっと恥ずかしいよ。マリーちゃん」
「なんでよー、すごい似合ってるよ」
春姫は「そんなことない」とふるふると首を横に振って、自分の席についた。
「福男と春姫が?」
「そう、美女と野獣」
「……まじか」
「運を使い果たしたでござる」
目に涙をにじませて福男が腕を組んだ。
「春っちがやるって言ったら、男子たちがこぞって主役やりたいとか言い出してね。まぁー、先に決まっていた来栖は強運だよ」
「待て。あの春姫が、自分から?」
「うん。そうだけど」
「……まさか」
福男のことはどうでも良い。
ただ、あの春姫が自分から主役を買ってでたことに、俺は驚くしかなかった。どちらかと言うと、春姫は目立ちたくない性格のはずなのに。
「さぁ、ただ、やりかったんじゃない?」
俺の疑問に猪苗代は肩をすくめて、言った。
0
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
姉らぶるっ!!
藍染惣右介兵衛
青春
俺には二人の容姿端麗な姉がいる。
自慢そうに聞こえただろうか?
それは少しばかり誤解だ。
この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ……
次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。
外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん……
「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」
「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」
▼物語概要
【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】
47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在)
【※不健全ラブコメの注意事項】
この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。
それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。
全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。
また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。
【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】
【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】
【2017年4月、本幕が完結しました】
序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。
【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~
下城米雪
青春
「よわよわ」「泣いちゃう?」「情けない」「ざーこ」と幼馴染に言われ続けた尾崎太一は、いつか彼女を泣かすという一心で己を鍛えていた。しかし中学生になった日、可愛くなった彼女を見て気持ちが変化する。その後の彼は、自分を認めさせて告白するために勝負を続けるのだった。
一方、彼の幼馴染である穂村芽依は、三歳の時に交わした結婚の約束が生きていると思っていた。しかし友人から「尾崎くんに対して酷過ぎない?」と言われ太一に恨まれていると錯覚する。だが勝負に勝ち続ける限りは彼と一緒に遊べることに気が付いた。そして思った。いつか負けてしまう前に、彼をメロメロにして告らせれば良いのだ。
かくして、実は両想いだと気が付かない二人は、互いの魅力をわからせるための勝負を続けているのだった。
芽衣は少しだけ他人よりも性欲が強いせいで空回りをして、太一は「愛してるゲーム」「脱衣チェス」「乳首当てゲーム」などの意味不明な勝負に惨敗して自信を喪失してしまう。
乳首当てゲームの後、泣きながら廊下を歩いていた太一は、アニメが大好きな先輩、白柳楓と出会った。彼女は太一の話を聞いて「両想い」に気が付き、アドバイスをする。また二人は会話の波長が合うことから、気が付けば毎日会話するようになっていた。
その関係を芽依が知った時、幼馴染の関係が大きく変わり始めるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる