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《第一部》骸の巨人
ゲームスタートⅡ
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「よし!」
レアは気合いを入れて、
「あ、あのっ! すいません!」
道行く男性に——、獣耳の生えたプレイヤーに声を掛けました。
若干上擦ってしまいましたが、
「……あ、え、俺?」
自分を指さし訊ねる男に、レアは首をぶんぶんと縦に振って、
「そう! そこのお兄さん! お兄さん〈獣人種〉……だよね?」
「お、おう。それがどうかしたか?」
やっぱり!
レアは心の中でガッツポーズしました。
予想通り、男はレアと同じ〈獣人種〉を選択したプレイヤーのようです。
短く切り揃えられた髪の隙間から、ひょっこりと覗いた獣耳がそれを物語っていたのです。
レアは男の装備の裾を前足で器用に捕まえて、
「教えて! 教えて!」
お菓子をねだる子供のように詰め寄りました。
「うおぉ⁉ なんだなんだ⁉ なにが知りてぇんだ⁉」
変なヒツジに絡まれた男は、慌てて問いかけます。
「人間になる方法!」
「……? ……。あぁ、なんだ、そんなことか。それなら——」
「ふぅ。よし、落ち着いたぞ」
なんとか人型になって一息ついたレアです。
〈獣人種〉が人型になる方法は至極単純なもので、都市内に配置されたNPCに話しかけ、与えられたクエストをクリアするだけでした。
クエストの内容も、別の場所に居るNPCにアイテムを渡す、いわゆる〝おつかいクエスト〟だったので、レアでも簡単にクリアすることができました。
その道すがら、色々なNPCに話しかけたところ、どうやらここは【水上都市へステル・マイム】という街のようです。
その名の通り、水にまつわるオブジェが至る所に設置されています。
現在、レアが居るのは都市を象徴するシンボル——、七色に光る巨大噴水が点在する中央エリア。
ふと思い立ったように、レアは噴水の水面を覗《のぞ》き込んで、
「おぉ! いいね! 可愛い!」
自分の顔をペタペタと確かめるように触りました。
水面に映り込んだのは白髪の少女。
頭にちょこんと生えているのは獣耳ではなく、内側に翻った小さな角でした。
「なんか悪魔っぽい……。というか、サキュバス……?」
おどおどしたような、困ったような幸薄そうな顔はリアルの〝玲愛〟とそっくりですが、本人的にはアバターである〝レア〟の外見の方が気に入ったようです。
「さて、まずはステータスの確認だね。えっと……」
当たり前のことですが、VRゲームにはコントローラーというものがありません。
そのため、RPGやMMOといったアドベンチャー系のゲームでは、必ずと言ってもいいほど存在する〝メニュー画面〟を出すコマンドは少し特殊です。
「よいしょ」
レアが、まるで宙に垂れ下がっている見えない紐を引っ張るような動作をすると、
「よし、出た。流石にメニュー画面開けないと困るもんね」
先ほど、MMの三人からメールを受信したときのような、空間ウィンドウが出現しました。
映り込んだ画面には、フィギュアのようにデフォルメされた〝レア〟のアバターと、その隣にはレベルやステータス、装備している武器や防具などの名称が並んでいました。
名前:Rea
種族/〈獣人種〉 性別/♀
【LV】1 《EXP》20/30
【HP】100/100
【MP】20/20
【STR】8(+5)
【DEF】12(+9)
【INT】10
【RES】13(+6)
【DEX】8
【AGI】10
【LUK】8
【FAI】14
スキル:【変身】
装備
武器:【旅人の木剣】《STR+5》
頭:【なし】
胴:【旅人の服】《DEF+4》《RES+1》
右手:【旅人のグローブ(左右共通)】《DEF+1》《RES+2》
左手:【旅人のグローブ(左右共通)】
腰:【旅人の長ズボン(脚腰兼用)】《DEF+2》《RES+2》
脚:【旅人の長ズボン(脚腰兼用)】
足:【旅人の靴】《DEF+2》《RES+1》
装飾品A:【なし】
装飾品B:【なし】
「む?」
レアはそこであることに気付きました。
表記されているのはレベルの隣の項目——、EXP、つまり経験値が入っているのです。
通常、RPGにおいて経験値とは、モンスターとの戦闘によって入手するものです。
レアは、ゲームを開始してからヘステルマイムの外にはまだ出ていないので、もちろん敵も倒していませんし、遭遇さえしていません。
「あ、もしかして」
レアは空間ウィンドウのメニュー画面からクエスト一覧、達成済みのクエストを確認して、
「やっぱり!」
そこにあったのは【都市巡り①】というクエスト。
先程、レアがNPCから受注し、クリアしたものです。
報酬はレアが装備している【旅人の木剣】と300Gに加えて、20EXPと書かれています。
どうやら、《CFO》では、クエストの報酬として経験値があることから、直接的な戦闘以外でも経験値を入手できるようです。
あれ? これってもしかして——、今まで以上に楽できる?
一瞬だけ邪な気持ちに流されかけましたが、今回は一人で頑張って、貴恵や涼花たちを見返すことが目標なのです。
そのために、まずは——。
◇◆◇◆◇
「むぐむぐ……。むぐむぐ……。はむっ。むぐむぐ……。むぐむぐ……。……。ごくん。えへへ、美味しいなぁ」
ヘステルマイムの露店区域。
ここは、フレンド登録をしていない第三者同士のアイテムの取引を行える、唯一の場所です。
しかし、サービス開始からほとんど時間が経過していない現在、やや閑散としていました。
ゲームの楽しみ方は人それぞれですが、やはりMMOをプレイする人口の大半は、ずばり〝戦うこと〟に楽しさを見出している人たちです。
ジョブシステムが採用されている《TCO》では戦闘職と生産職のレベリング——、レベルを上げることを並行することはできません。
なので、必然的にこのスタートダッシュ期間に生産者はほとんど居ない、ということになります。
……とは言っても、少しくらいは生産職のプレイヤーの姿はありました。
おそらく、彼らは早々にジョブ開放を済ませ、生産者プレイをメインに活動していくコアな層なのでしょう。
プレイスタイルとしては、MMのメンバーであるサツキも生産職メインプレイヤーを名乗っていますが、彼女の場合はそもそものやり込み具合が桁違いなので、割愛。
そんな数少ない生産者達の姿がちらほらと窺える中、レアは道の脇にある小さな石の階段に座り込んで食事中でした。パンを食べていました。
こんがりと焼いたショートブレッドの上にとろりとチーズが溶けた、調理師スキルを少し上げれば作れる【チーズブレッド】です。
効果は三十分間、《RES+2》というシンプルな物ですが、現在の《CFO》内ではほとんど流通していない代物です。
そしてなにより——、味やにおいがするのです。
鼻から吸い込めば焼けた小麦のふくよかな香りが、口に入れれば舌の上で溶けるチーズのまろやかな味が。
とても美味しい、現実寸分の変わりもない、繊細な味です。
ただのチーズブレッドでさえこんなにも美味なのですから、もっと美味しいものを食べてみたくなるというものです。
何はともあれ、これでレアの当初の目的だった、〝仮想現実での食事〟は果たされたわけですが——、よく見ると、レアの腰に携えていた木剣が消えていました。
落としたり、盗まれたり、紛失したわけではありません。
現在、サービス開始直後の《TCO》ではアイテムの流通レートが定まっておらず、非常に不安定です。
その為、露店商を営むプレイヤーもアイテムの販売価格を高めに設定し、様子を見ている状態です。
そんな中、是が非でもと購入する為に、レアは木剣を売って強引にお金を作ったのです。現在のレアは一文無し。ついでに武器もありません。
開始早々、超絶高難易度の縛りプレイが始まってしまいましたが——、
「外はサクサクで、中はふわふわ……。最高……!」
レアはなぜか食レポに夢中でした。
そして、
「うーん。やっぱりお腹は膨れないなぁ。沢山お金を稼いで、お腹いっぱいご飯を食べたい……」
そんな、戦時中の貧しい子供のようなことを呟きました。
もちろん、仮想現実空間内でいくら食事をしても満腹感は得られませんし、レアも事前にそのことは知っているはずなのですが、すっかり忘れています。
スタートダッシュを決めようと全プレイヤーが躍起になっているこの時期に、過疎っている露店区域に座りこみ、呑気に食事を楽しむプレイヤー、それも女の子ともなると、やはり人の視線を集めてしまいます。
流石に露骨な囲みはできたりはしませんが、遠巻きでジロジロと無遠慮に観察している人は沢山いました。
——が、自意識が極端に低いレアは、ちょっとやそっとの視線など気にしません。
「……」
おらおら、見せもんじゃねーぞ、と心の中で思いつつ、黙々とパンを食べます。
その姿はさながら、動物園のパンダのよう。
やがて【チーズブレッド】を完食し、集めていた視線も散っていきました。
レアは座っていた石段から重い腰を上げて、
「——さて、ご飯の為に一仕事しますか!」
どこか方向性のおかしい決意を新たにしました。
レアは気合いを入れて、
「あ、あのっ! すいません!」
道行く男性に——、獣耳の生えたプレイヤーに声を掛けました。
若干上擦ってしまいましたが、
「……あ、え、俺?」
自分を指さし訊ねる男に、レアは首をぶんぶんと縦に振って、
「そう! そこのお兄さん! お兄さん〈獣人種〉……だよね?」
「お、おう。それがどうかしたか?」
やっぱり!
レアは心の中でガッツポーズしました。
予想通り、男はレアと同じ〈獣人種〉を選択したプレイヤーのようです。
短く切り揃えられた髪の隙間から、ひょっこりと覗いた獣耳がそれを物語っていたのです。
レアは男の装備の裾を前足で器用に捕まえて、
「教えて! 教えて!」
お菓子をねだる子供のように詰め寄りました。
「うおぉ⁉ なんだなんだ⁉ なにが知りてぇんだ⁉」
変なヒツジに絡まれた男は、慌てて問いかけます。
「人間になる方法!」
「……? ……。あぁ、なんだ、そんなことか。それなら——」
「ふぅ。よし、落ち着いたぞ」
なんとか人型になって一息ついたレアです。
〈獣人種〉が人型になる方法は至極単純なもので、都市内に配置されたNPCに話しかけ、与えられたクエストをクリアするだけでした。
クエストの内容も、別の場所に居るNPCにアイテムを渡す、いわゆる〝おつかいクエスト〟だったので、レアでも簡単にクリアすることができました。
その道すがら、色々なNPCに話しかけたところ、どうやらここは【水上都市へステル・マイム】という街のようです。
その名の通り、水にまつわるオブジェが至る所に設置されています。
現在、レアが居るのは都市を象徴するシンボル——、七色に光る巨大噴水が点在する中央エリア。
ふと思い立ったように、レアは噴水の水面を覗《のぞ》き込んで、
「おぉ! いいね! 可愛い!」
自分の顔をペタペタと確かめるように触りました。
水面に映り込んだのは白髪の少女。
頭にちょこんと生えているのは獣耳ではなく、内側に翻った小さな角でした。
「なんか悪魔っぽい……。というか、サキュバス……?」
おどおどしたような、困ったような幸薄そうな顔はリアルの〝玲愛〟とそっくりですが、本人的にはアバターである〝レア〟の外見の方が気に入ったようです。
「さて、まずはステータスの確認だね。えっと……」
当たり前のことですが、VRゲームにはコントローラーというものがありません。
そのため、RPGやMMOといったアドベンチャー系のゲームでは、必ずと言ってもいいほど存在する〝メニュー画面〟を出すコマンドは少し特殊です。
「よいしょ」
レアが、まるで宙に垂れ下がっている見えない紐を引っ張るような動作をすると、
「よし、出た。流石にメニュー画面開けないと困るもんね」
先ほど、MMの三人からメールを受信したときのような、空間ウィンドウが出現しました。
映り込んだ画面には、フィギュアのようにデフォルメされた〝レア〟のアバターと、その隣にはレベルやステータス、装備している武器や防具などの名称が並んでいました。
名前:Rea
種族/〈獣人種〉 性別/♀
【LV】1 《EXP》20/30
【HP】100/100
【MP】20/20
【STR】8(+5)
【DEF】12(+9)
【INT】10
【RES】13(+6)
【DEX】8
【AGI】10
【LUK】8
【FAI】14
スキル:【変身】
装備
武器:【旅人の木剣】《STR+5》
頭:【なし】
胴:【旅人の服】《DEF+4》《RES+1》
右手:【旅人のグローブ(左右共通)】《DEF+1》《RES+2》
左手:【旅人のグローブ(左右共通)】
腰:【旅人の長ズボン(脚腰兼用)】《DEF+2》《RES+2》
脚:【旅人の長ズボン(脚腰兼用)】
足:【旅人の靴】《DEF+2》《RES+1》
装飾品A:【なし】
装飾品B:【なし】
「む?」
レアはそこであることに気付きました。
表記されているのはレベルの隣の項目——、EXP、つまり経験値が入っているのです。
通常、RPGにおいて経験値とは、モンスターとの戦闘によって入手するものです。
レアは、ゲームを開始してからヘステルマイムの外にはまだ出ていないので、もちろん敵も倒していませんし、遭遇さえしていません。
「あ、もしかして」
レアは空間ウィンドウのメニュー画面からクエスト一覧、達成済みのクエストを確認して、
「やっぱり!」
そこにあったのは【都市巡り①】というクエスト。
先程、レアがNPCから受注し、クリアしたものです。
報酬はレアが装備している【旅人の木剣】と300Gに加えて、20EXPと書かれています。
どうやら、《CFO》では、クエストの報酬として経験値があることから、直接的な戦闘以外でも経験値を入手できるようです。
あれ? これってもしかして——、今まで以上に楽できる?
一瞬だけ邪な気持ちに流されかけましたが、今回は一人で頑張って、貴恵や涼花たちを見返すことが目標なのです。
そのために、まずは——。
◇◆◇◆◇
「むぐむぐ……。むぐむぐ……。はむっ。むぐむぐ……。むぐむぐ……。……。ごくん。えへへ、美味しいなぁ」
ヘステルマイムの露店区域。
ここは、フレンド登録をしていない第三者同士のアイテムの取引を行える、唯一の場所です。
しかし、サービス開始からほとんど時間が経過していない現在、やや閑散としていました。
ゲームの楽しみ方は人それぞれですが、やはりMMOをプレイする人口の大半は、ずばり〝戦うこと〟に楽しさを見出している人たちです。
ジョブシステムが採用されている《TCO》では戦闘職と生産職のレベリング——、レベルを上げることを並行することはできません。
なので、必然的にこのスタートダッシュ期間に生産者はほとんど居ない、ということになります。
……とは言っても、少しくらいは生産職のプレイヤーの姿はありました。
おそらく、彼らは早々にジョブ開放を済ませ、生産者プレイをメインに活動していくコアな層なのでしょう。
プレイスタイルとしては、MMのメンバーであるサツキも生産職メインプレイヤーを名乗っていますが、彼女の場合はそもそものやり込み具合が桁違いなので、割愛。
そんな数少ない生産者達の姿がちらほらと窺える中、レアは道の脇にある小さな石の階段に座り込んで食事中でした。パンを食べていました。
こんがりと焼いたショートブレッドの上にとろりとチーズが溶けた、調理師スキルを少し上げれば作れる【チーズブレッド】です。
効果は三十分間、《RES+2》というシンプルな物ですが、現在の《CFO》内ではほとんど流通していない代物です。
そしてなにより——、味やにおいがするのです。
鼻から吸い込めば焼けた小麦のふくよかな香りが、口に入れれば舌の上で溶けるチーズのまろやかな味が。
とても美味しい、現実寸分の変わりもない、繊細な味です。
ただのチーズブレッドでさえこんなにも美味なのですから、もっと美味しいものを食べてみたくなるというものです。
何はともあれ、これでレアの当初の目的だった、〝仮想現実での食事〟は果たされたわけですが——、よく見ると、レアの腰に携えていた木剣が消えていました。
落としたり、盗まれたり、紛失したわけではありません。
現在、サービス開始直後の《TCO》ではアイテムの流通レートが定まっておらず、非常に不安定です。
その為、露店商を営むプレイヤーもアイテムの販売価格を高めに設定し、様子を見ている状態です。
そんな中、是が非でもと購入する為に、レアは木剣を売って強引にお金を作ったのです。現在のレアは一文無し。ついでに武器もありません。
開始早々、超絶高難易度の縛りプレイが始まってしまいましたが——、
「外はサクサクで、中はふわふわ……。最高……!」
レアはなぜか食レポに夢中でした。
そして、
「うーん。やっぱりお腹は膨れないなぁ。沢山お金を稼いで、お腹いっぱいご飯を食べたい……」
そんな、戦時中の貧しい子供のようなことを呟きました。
もちろん、仮想現実空間内でいくら食事をしても満腹感は得られませんし、レアも事前にそのことは知っているはずなのですが、すっかり忘れています。
スタートダッシュを決めようと全プレイヤーが躍起になっているこの時期に、過疎っている露店区域に座りこみ、呑気に食事を楽しむプレイヤー、それも女の子ともなると、やはり人の視線を集めてしまいます。
流石に露骨な囲みはできたりはしませんが、遠巻きでジロジロと無遠慮に観察している人は沢山いました。
——が、自意識が極端に低いレアは、ちょっとやそっとの視線など気にしません。
「……」
おらおら、見せもんじゃねーぞ、と心の中で思いつつ、黙々とパンを食べます。
その姿はさながら、動物園のパンダのよう。
やがて【チーズブレッド】を完食し、集めていた視線も散っていきました。
レアは座っていた石段から重い腰を上げて、
「——さて、ご飯の為に一仕事しますか!」
どこか方向性のおかしい決意を新たにしました。
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