30 / 52
【アレス視点】あなた達、読み書きできるの?
しおりを挟むドゴオォォォォオォオオォオン。
轟音とともに、ピリッとした痛みが身体に走る。
ちょ、ちょっと痛いわね。
目を覚ませば、目の前には陛下の側近───ガルシアちゃんがいた。
「う~ん。何するのよ、ガルシアちゃん。もう少し紳士的な起こし方はできないのかしら?」
状況が把握できなくて、とりあえず身体を起こせばカウンターテーブルが真っ二つに破壊され、そこに身体がめり込んでいることに気がついた。
もう、なによこれぇ……。
ていうか何でガルシアちゃんがここにいるのよぉ~。
あの面倒くさがりで読み書きもできないガルシアちゃんが書物を読み漁りにくるとは考えられないのだけれど……。
ウェーブがかった藍鉄色の乱れた髪をかきあげ、横目でガルシアちゃんを見た。
すると、見慣れない黒い頭がガルシアちゃんの後ろから見えた。
その子と視線が交わる。
「ふふふ………あらぁ? このごろ城で有名になってる人間ちゃんじゃないの。どうして君がここにいるのかしら?」
このごろというか、昨日からだったかしら?
駄目ね、ここにいると時間がいまいちわからなくなるわぁ。
それにしても……この人間ちゃんがねぇ。
ぱっと見、大人しそうに見えるけれど……。
普段から夢魔の間にいるせいで外からの情報はほとんど入ってこない。
敵襲にあっても情報が入ってこない。
まぁ、大抵、陛下の部下達がうまく対処してくれるからここまで敵が入ってくることはないけれど。
でもそれくらい情報が入ってこないのに、私の耳にまで目の前の人間ちゃんの情報が入ってきたのよね。
私の得た情報は、ローレンス図書館の利用者からだった。
最初の情報というのが、
『陛下が人間拾って来たって』
『人間の空腹音で皆んな戦意喪失して、客人としてここに泊めることになったって』
だった。
人間を拾って来たというとこまではいいのよ?
だって、人間の奴隷売買だって普通にあるわけだから、陛下が人間をペットにしたって不思議はないわ。
でも、空腹音で戦意喪失して人間が客人扱いってどういうことなの⁉︎
図書館の利用者は他にも『ドラゴンの腹みたいな音だった』と話してたわね。
思い返してみれば、思い当たる節がある。
……そういえば、ここにもそれらしき音は響いたわね。
あの音を、人間が?
と思い出す。
まさか、ね?
次は、『人間、リーナに殺されたって』
まぁ、陛下に対して忠誠心の厚いあのメイドならやりかねないわね。
次は、『人間、死んでなかったって』
はぁ⁉︎ 一体、どういうことなの!
死んだんじゃなかったの⁉︎
……本当、意味がわからないわ。
だから意味わからなさすぎて、ものすごく気になるのよねぇ。
私は、カウンターテーブルのまだ破壊されていない部分に身体を移し、うつ伏せになると頬杖をついて、じっと人間ちゃんを見つめた。
すると、それが合図だと思ったのか人間ちゃんは口を開いた。
「古の魔法の書を探しにきたんだ」
堂々と、はっきりとした口調で話して来たことに内心驚きつつも返す。
「何故その本が必要なのかしら?」
問えば、ガルシアちゃんが答える。
「こいつには魔核がないって知ってるだろ? だから、今の魔法は使えない。だが、古の魔法なら使える可能性があるんじゃないかと思ってな、な!」
「うぉっと!」
ガルシアちゃんが人間ちゃんの背中をバシリと叩いた。
知らないのかしら?
私、ここにずっと籠ってるから人間ちゃんの情報、あまり伝わってこないのよね……。
でも、そうね。
確かに、この人間ちゃんからは魔力が感じ取れないわね。
「古の魔法で一体、何をするつもりなの?」
「まぁ、ただ好奇心で使ってみたいっていうのと、あと護身用だな。あっちの世界に帰るのにこれから色々と行動を起こさなきゃならないわけだし、そうなると危険が伴うだろ?」
好奇心で魔法を使うのならまだわかるけど、正直言って護身にはならないと思うのだけれど……。
何せ古の魔法は、呪文が長すぎて使い勝手が悪いのよねぇ。
チラリと人間ちゃんの瞳を見れば、その目は好奇心と希望でキラキラしていた。
………悲しい現実は今、伝えるべきではないわね。
私は子供に絶望を与えられるほど残忍ではないもの。
でも、いつか知ることになるのよね……。
まぁ、それはそれとして─────
「あっちの世界って、人間ちゃんはどの大陸出身なのかしら?」
「ユーラシア大陸だが」
ガルシアちゃんが腕を組んで首を傾げた。
「………そんな大陸あったか?」
聞いたこともない大陸ね。
今まで読んだ書物の内容を思い返してみても、そんな大陸はなかった。
「最近できた大陸なのかしら? それとも、認識されづらい位置にある大陸なのかしら?」
「いや、この世界の大陸じゃない。私は別の世界から飛ばされて来たんだ」
そう人間ちゃんがしれっと真顔で衝撃的真実を明らかにし、私とガルシアちゃんは目を丸くした。
「ハァアァァアアァァ⁉︎ そんな話、初めて聞いたぞ!」
ガルシアちゃんも初めて聞いたのね……。
「そりゃ、今はじめて話したしな」
「何で隠してたんだよ!」
「別に隠してたわけじゃない。話すタイミングがなかったんだってば……。私がここに来てからの騒ぎを思い出してみろよ」
ガルシアちゃんは5秒間、空を見つめた後、
「あぁ、なるほどな……」
首を数回縦に振った。
大方、私がここで聞いたような騒ぎのことを思いだしたのでしょうね。
「でも納得ね」
「何が?」
ガルシアちゃんがきょとんと首を傾げた。
「この世界に存在する者たちは、ほぼ百パーセント魔核を保有しているというのに、あなたには、その魔核がないんだもの。他の世界の人間だというなら納得だわ」
書物には、『魔力の多い少ないに限らず、人間にも魔族にも魔核がある』と記されていた。
でも、逆に『魔核のない人間も魔族もいない』と記された書物はなかった。
ということは、この人間ちゃんは例外────つまり、この世界の人間ではないのかもしれないということが考えられるわ。
ガルシアちゃんは首を縦に振る。
「ほぼ百パーセントってことは、私以外にも例外はいるのか? 実際」
「いいえ。あなたが魔核を保有していないという真実によって百パーセントが揺らぎ今、ほぼ百パーセントに確率が下がったのよ」
「あぁ、なるほど。っていうか、そんな簡単にこっちに転移して来たってこと信用していいのかよ?」
「陛下は、おまえが武器も何も持たず魔大陸に侵入した上、無防備な状態で昼寝していたと言っていたしな。それに、この魔大陸は人間が昼寝できるほど安全な地帯ではないし。何も知らなかったから、無防備でいたというなら納得だな」
「昼寝、見られてたのか⁉︎」
私の知らないところでそんな面白いことがあったのね。
是非ともその光景を見たかったものだわ!
「そりゃ、この魔大陸は陛下の監視下にあるしな」
「むぅ~」
人間ちゃんは納得いかないと、両頬を膨らませた。
けれど、すぐ元の真顔に戻って、
「ということで、古の魔法の書貸してくれないか?」
と、手のひらを私に見せて来た。
「ちょっと待ってね」
私は背中から黒い翼を出して古の魔書をとり、
「はい、どうぞ」
人間ちゃんに渡した。
「ありがとう」
人間ちゃんは笑顔で私に感謝の言葉を述べた。
夢魔の間とローレンス図書館を後にするガルシアちゃんと人間ちゃんの背中を見送りながら、思った。
ふふふ、変わった人間だこと。
夢魔の私に『ありがとう』だなんて……。
でも、あの子にとってはそれが普通みたいね。
あの子が今も生きていけてるのは、その普通が魔族にとって心地よいものだったからなのでしょうね。
もし人間ちゃんが私たちの知る下等生物と同様だったなら、今はもう生きてはいないでしょう。
アレスは目を細めると口角をあげた。
しばらくは、退屈しなさそうね。
あれ? そういえば……
と、人間ちゃんの言葉思い出す。
『私は別の世界から飛ばされて来たんだ』
あの子、字、読めるのかしら?
それにガルシアちゃんは、読めないしどうやって教えるのかしら?
………まぁいいわ。
わからなかったら、近いうちに聞きにくるでしょう。
その時、ついでに人間ちゃんともっとお話ししてみたいわね。
だって、人間ちゃんの面白おかしいエピソード、聞き逃したくないんだもの。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
裏庭が裏ダンジョンでした@完結
まっど↑きみはる
ファンタジー
結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。
裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。
そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?
挿絵結構あります
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
異世界楽々通販サバイバル
shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。
近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。
そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。
そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。
しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。
「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる