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File1 自覚無き殺人犯

第七十七話 リスクを知らず、服部和毅は── ④

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「かずちゃん! かずちゃん! 起きて‼︎」

深く暗い意識下で、俺を呼ぶ声と全身を揺さぶられる感覚に、急速に意識が浮上し目蓋を持ち上げた。

瞬間、

「かずちゃーん‼︎」

「おわっ、と⁉︎」

涙で顔をぐしゃぐしゃにした愛理に、正面から飛びつかれて、俺は床に背を預けた。愛理の背に手をまわしながら混乱した頭で記憶を辿り、すぐに思い出す。

「そうか……」


俺は自分の身体に戻ったのか。


「どうしたの?」

「あぁ、いやっ。それより愛理、いま何時?」

十八時半ろくじはんだけど、それがどうかしたの?」


十八時半ろくじはんってことは、俺が身体に戻るまで十分くらいしか経ってないってことか……。


「もぉー! かずちゃんってば、心配したんだからねっ‼︎ うつ伏せになって倒れてるし、身体は冷たいし、息してないし! し・か・も! ま~た、こんなの見・て・る・し!」

「ゲッ……⁉︎ そそそ、それは‼︎」

愛理が俺の目の前にもってきたのは、俺が幽体離脱する直前に持っていた愛理と元彼のツーショット写真だった。

「もう! 私はかずちゃんだけって言ってるのにぃ!」

「ご、ごめんって、愛理! 許してくれ……」

俺はこの後、愛理のご機嫌とりに必死になったのだった。


***


あの日から俺は、瞬間移動と幽体離脱を繰り返し行っていた。

写真無しでも出来ないか、瞬間移動と幽体離脱別々に使い分けられないか、何度も何度も繰り返し試してみたが、結局出来なかった。

だが、やっているうちに条件が段々とわかってきた。写真を手に持っていること、そして、その写真が五年以内に撮られたものであることだ。撮られた写真と実年齢とが離れすぎていると、幽体離脱と瞬間移動が出来ないようだ。

この能力を使い慣れてしまえば、もっと色々できるんじゃないかと思ったが、一度能力を使うと酷い倦怠感に襲われて、休みの日にしか練習ができなかった。使い勝手の悪い能力にため息が出る。仕方がない。

そんなある日、会社の飲み会で居酒屋へ行くことになった。面倒くさいし、俺の嫌いな加藤もいるし、正直行きたくもなかったが、付き合いも大事なので、渋々行くことになった。

後日、

「服部さーん! これ、この間のです。どうぞ!」

そう言って手渡されたのは、飲み会の時の写真だった。集合写真にうつるひとりの人物に釘付けになった。

「服部さん? どこかおかしいとこでもありましたか?」

「あぁ、いや、何でもないよ。写真、有難う」

「いえいえ、どう致しまして!」

パタパタと去って行く女性社員の背を暫く視線で追って、それから写真へ視線を移す。

俺の瞳にうつすのは、加藤大輔ただひとりだった。


写真にうつる加藤の姿。そして、自身の頭の中で急速に組み立てられた残酷で、かつ恐ろしい計画に俺は口角を上げた。


加藤、おまえさえ、いなければ─────!


俺を止められるのは、誰一人としていない。だって、俺はなんだから。

それから俺は、加藤の身体を乗っ取り妻を殺した。殺すことに一切躊躇いはなかった。自分でも驚くほどに、頭は冷え切っていて冷静だった。事務作業を熟すかのように、俺は淡々と妻を殺した。


だって、俺が殺した証拠はない!


なのに、俺はまんまと警察の罠にかかって逮捕されてしまった。俺は特別なのに特別なのに、何で⁉︎ そんな疑問がぐるぐると頭を飛び交う。

「うっせーぞゴルァァアァァ‼︎   加藤だっつってンだろ⁉︎  アイツが殺したんだ‼︎」

俺は興奮し椅子から立ち上がって、パイプ椅子を蹴飛ばす。

「大人しくしなさい!」

「押さえろ‼︎」

俺を三人がかりで警官が床に押さえつけてくる。

「は、離せ! な、ん、で俺が⁉︎  クソクソクソクソ‼︎」

いまだに興奮が収まりきらない俺の目は血走り、食いしばった口からは涎が流れて床に落ちる。

そして、それは起こった。

「なんか、ちっさくなってないか?」

「そんなはずは……」

「いやでも」

服部を取り押さえる三人の警官だからこそ、小さな変化に気づけたんだろう。映像からは変化なんて全くわからない。

「お、おい!」

「なんだ⁉︎」

「一旦、離れろ‼︎」

服部の急激な変化に戸惑う警官は、その指示に素直に従い、そろそろと服部から距離をとる。

「ぷふ、ゔぁーう゛ぇーん。あ゛ぁーん………」

「どういう、ことだ……」

服部は能力得るかわりの代償を知ることもなく、薬を投与された。そして、後遺症で赤ん坊になり、同時にこれまでの記憶を全て失い、やがて命を落としたのだった。

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