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第4章 奴隷と暮らす

第10話

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 その後の出来事も、驚かされることばかりだった。奴隷である狐人の信頼を得る為に、自分をも痛みを伴う血の契約を何の躊躇ためらいもなく結んだかと思えば、契約によって傷ついた狐人を気遣って龍人に治癒させていた。

(自分の傷を後回しにしてまで……)

 そして、支配人を呼び出しては首輪や鎖を外せと指示をし、支配人が止めに入ろうとしても低く唸るような声とフードの奥から鋭い睨み放って圧をかけて脅し、言うことを聞かせてみせた。支配人はまるで、ご主人様の奴隷になったかのようで、せっせと動いていた。

 その小さな身体のどこに、人を従わせる力を秘めているのだろうか、と純粋に疑問に思った。

 そろそろ外に出るのかと思ったが、まだ出ないようだ。ご主人様は俺たち一人一人にローブをくださった。

 それだけでは納得いかなかったようで、足元を見て首を傾げ暫く考えた後、新たなローブを麻袋から取り出してきたかと思えば、ナイフで切り裂き始めた。

 俺たちを解放するだとかわけのわからないことを言ったかと思えば、今度は奇行に走ったご主人様に、俺は頭のおかしな客に買われてしまったのではないかと思ってしまった。理解の及ばない目の前の人間に、恐怖すら覚え身震いする。

 だが、すぐにその不安も払拭され、この行動が俺たちのためのためだったのだと知った。裸足の俺たちが傷つかぬようにローブの切れ端を巻くためだったのだ。

 龍人がソファから立ち去ってから、ご主人様に「座れ」と目で促され、戸惑いつつもそれに従い腰掛ければ、目の前のご主人様は、俺の足を優しい手つきで持ち上げ自身の片膝に乗せ安定させると、足裏に触れてきた。

 その触れ方が、まるで繊細なガラス細工でも取り扱うかのようで、幼き頃に俺の頬を撫でてくれた母の姿を彷彿とさせ、気恥ずかしさを覚え思わず俯く。

 ご主人様は俺の足裏の肉球に触れたままの状態で、ほんの一瞬だけ身体を硬直させた。

「つっ……⁉︎」

「どうかされましたか?」

「いや、何でもない」

 様子からして何でもないという表情かおではなかったが、続けて聞くのははばかられた。

 布越しに押し付けられたご主人様の小さな手から温かな体温を感じる。

 まだ、俺はこの人間を信用したわけではない。だが、人の温もりを久しく感じた所為だろうか、それとも、奴隷に堕とされ心がすっかり弱ってしまった所為だろうか……信用とは別で、もう少しこのまま俺に触れていてほしいと思った。そんな自分に困惑した。

 足首できゅっと布が結ばれ、小さく白魚のような両手が俺の足から離された。名残惜しさを感じつつご主人様に礼を言う。

「有難う御座います」

「あぁ」

 ご主人様の一直線に結ばれた唇がほんの少しだけ緩み、俺もつられて口角が上がる。表情筋を久しく動かした所為か、頬が引き攣ったような違和感があった。

 暫しの間そうしていると、「ククク」と押し殺して笑うような声が聞こえ、頭頂部の耳を動かすと同時に顔もそちらの方へと向けてみれば、龍人が口を手で覆い、もう片方の手は腹を押さえていた。

 それを見た瞬間、カァッと身体を巡る血液が沸騰するかのように全身が熱くなった。それは、龍人が俺を見て笑った理由を瞬時に理解したからだ。

 エルフや鬼人の足は、人のものと同じ型をしていて傷つきやすいが、獣人は覆われた毛と硬い肉球のため裸足で外を歩いても怪我をすることなんて滅多にない。

 それなのに俺は、ご主人様に布を巻いてもらっていた。それは、ご主人様に布を巻かれているときの鬼人やエルフ、龍人があまりにも嬉しそうな顔をしていたからだ。

 その彼らの表情を見て、「そんなにいいものなんだろうか」と気になって、ご主人様に事実告げることもなく俺は足を差し出してしまったのだ。あの龍人の様子を見るに、それに気づいているに違いない。

 実際にご主人様に布を巻かれてみて、悪くは……ない、と思った。凍りついた心が溶かされていくような、温かくもくすぐったいような、そんな感じだった。

(だいぶ弱ってしまったな……)

 俺は視線を落とし、ローブの上から左胸を押さえた。



 
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