81 / 103
第4章 奴隷と暮らす
第10話
しおりを挟む
その後の出来事も、驚かされることばかりだった。奴隷である狐人の信頼を得る為に、自分をも痛みを伴う血の契約を何の躊躇いもなく結んだかと思えば、契約によって傷ついた狐人を気遣って龍人に治癒させていた。
(自分の傷を後回しにしてまで……)
そして、支配人を呼び出しては首輪や鎖を外せと指示をし、支配人が止めに入ろうとしても低く唸るような声とフードの奥から鋭い睨み放って圧をかけて脅し、言うことを聞かせてみせた。支配人はまるで、ご主人様の奴隷になったかのようで、せっせと動いていた。
その小さな身体のどこに、人を従わせる力を秘めているのだろうか、と純粋に疑問に思った。
そろそろ外に出るのかと思ったが、まだ出ないようだ。ご主人様は俺たち一人一人にローブをくださった。
それだけでは納得いかなかったようで、足元を見て首を傾げ暫く考えた後、新たなローブを麻袋から取り出してきたかと思えば、ナイフで切り裂き始めた。
俺たちを解放するだとかわけのわからないことを言ったかと思えば、今度は奇行に走ったご主人様に、俺は頭のおかしな客に買われてしまったのではないかと思ってしまった。理解の及ばない目の前の人間に、恐怖すら覚え身震いする。
だが、すぐにその不安も払拭され、この行動が俺たちのためのためだったのだと知った。裸足の俺たちが傷つかぬようにローブの切れ端を巻くためだったのだ。
龍人がソファから立ち去ってから、ご主人様に「座れ」と目で促され、戸惑いつつもそれに従い腰掛ければ、目の前のご主人様は、俺の足を優しい手つきで持ち上げ自身の片膝に乗せ安定させると、足裏に触れてきた。
その触れ方が、まるで繊細なガラス細工でも取り扱うかのようで、幼き頃に俺の頬を撫でてくれた母の姿を彷彿とさせ、気恥ずかしさを覚え思わず俯く。
ご主人様は俺の足裏の肉球に触れたままの状態で、ほんの一瞬だけ身体を硬直させた。
「つっ……⁉︎」
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
様子からして何でもないという表情ではなかったが、続けて聞くのは憚られた。
布越しに押し付けられたご主人様の小さな手から温かな体温を感じる。
まだ、俺はこの人間を信用したわけではない。だが、人の温もりを久しく感じた所為だろうか、それとも、奴隷に堕とされ心がすっかり弱ってしまった所為だろうか……信用とは別で、もう少しこのまま俺に触れていてほしいと思った。そんな自分に困惑した。
足首できゅっと布が結ばれ、小さく白魚のような両手が俺の足から離された。名残惜しさを感じつつご主人様に礼を言う。
「有難う御座います」
「あぁ」
ご主人様の一直線に結ばれた唇がほんの少しだけ緩み、俺もつられて口角が上がる。表情筋を久しく動かした所為か、頬が引き攣ったような違和感があった。
暫しの間そうしていると、「ククク」と押し殺して笑うような声が聞こえ、頭頂部の耳を動かすと同時に顔もそちらの方へと向けてみれば、龍人が口を手で覆い、もう片方の手は腹を押さえていた。
それを見た瞬間、カァッと身体を巡る血液が沸騰するかのように全身が熱くなった。それは、龍人が俺を見て笑った理由を瞬時に理解したからだ。
エルフや鬼人の足は、人のものと同じ型をしていて傷つきやすいが、獣人は覆われた毛と硬い肉球のため裸足で外を歩いても怪我をすることなんて滅多にない。
それなのに俺は、ご主人様に布を巻いてもらっていた。それは、ご主人様に布を巻かれているときの鬼人やエルフ、龍人があまりにも嬉しそうな顔をしていたからだ。
その彼らの表情を見て、「そんなにいいものなんだろうか」と気になって、ご主人様に事実告げることもなく俺は足を差し出してしまったのだ。あの龍人の様子を見るに、それに気づいているに違いない。
実際にご主人様に布を巻かれてみて、悪くは……ない、と思った。凍りついた心が溶かされていくような、温かくもくすぐったいような、そんな感じだった。
(だいぶ弱ってしまったな……)
俺は視線を落とし、ローブの上から左胸を押さえた。
(自分の傷を後回しにしてまで……)
そして、支配人を呼び出しては首輪や鎖を外せと指示をし、支配人が止めに入ろうとしても低く唸るような声とフードの奥から鋭い睨み放って圧をかけて脅し、言うことを聞かせてみせた。支配人はまるで、ご主人様の奴隷になったかのようで、せっせと動いていた。
その小さな身体のどこに、人を従わせる力を秘めているのだろうか、と純粋に疑問に思った。
そろそろ外に出るのかと思ったが、まだ出ないようだ。ご主人様は俺たち一人一人にローブをくださった。
それだけでは納得いかなかったようで、足元を見て首を傾げ暫く考えた後、新たなローブを麻袋から取り出してきたかと思えば、ナイフで切り裂き始めた。
俺たちを解放するだとかわけのわからないことを言ったかと思えば、今度は奇行に走ったご主人様に、俺は頭のおかしな客に買われてしまったのではないかと思ってしまった。理解の及ばない目の前の人間に、恐怖すら覚え身震いする。
だが、すぐにその不安も払拭され、この行動が俺たちのためのためだったのだと知った。裸足の俺たちが傷つかぬようにローブの切れ端を巻くためだったのだ。
龍人がソファから立ち去ってから、ご主人様に「座れ」と目で促され、戸惑いつつもそれに従い腰掛ければ、目の前のご主人様は、俺の足を優しい手つきで持ち上げ自身の片膝に乗せ安定させると、足裏に触れてきた。
その触れ方が、まるで繊細なガラス細工でも取り扱うかのようで、幼き頃に俺の頬を撫でてくれた母の姿を彷彿とさせ、気恥ずかしさを覚え思わず俯く。
ご主人様は俺の足裏の肉球に触れたままの状態で、ほんの一瞬だけ身体を硬直させた。
「つっ……⁉︎」
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
様子からして何でもないという表情ではなかったが、続けて聞くのは憚られた。
布越しに押し付けられたご主人様の小さな手から温かな体温を感じる。
まだ、俺はこの人間を信用したわけではない。だが、人の温もりを久しく感じた所為だろうか、それとも、奴隷に堕とされ心がすっかり弱ってしまった所為だろうか……信用とは別で、もう少しこのまま俺に触れていてほしいと思った。そんな自分に困惑した。
足首できゅっと布が結ばれ、小さく白魚のような両手が俺の足から離された。名残惜しさを感じつつご主人様に礼を言う。
「有難う御座います」
「あぁ」
ご主人様の一直線に結ばれた唇がほんの少しだけ緩み、俺もつられて口角が上がる。表情筋を久しく動かした所為か、頬が引き攣ったような違和感があった。
暫しの間そうしていると、「ククク」と押し殺して笑うような声が聞こえ、頭頂部の耳を動かすと同時に顔もそちらの方へと向けてみれば、龍人が口を手で覆い、もう片方の手は腹を押さえていた。
それを見た瞬間、カァッと身体を巡る血液が沸騰するかのように全身が熱くなった。それは、龍人が俺を見て笑った理由を瞬時に理解したからだ。
エルフや鬼人の足は、人のものと同じ型をしていて傷つきやすいが、獣人は覆われた毛と硬い肉球のため裸足で外を歩いても怪我をすることなんて滅多にない。
それなのに俺は、ご主人様に布を巻いてもらっていた。それは、ご主人様に布を巻かれているときの鬼人やエルフ、龍人があまりにも嬉しそうな顔をしていたからだ。
その彼らの表情を見て、「そんなにいいものなんだろうか」と気になって、ご主人様に事実告げることもなく俺は足を差し出してしまったのだ。あの龍人の様子を見るに、それに気づいているに違いない。
実際にご主人様に布を巻かれてみて、悪くは……ない、と思った。凍りついた心が溶かされていくような、温かくもくすぐったいような、そんな感じだった。
(だいぶ弱ってしまったな……)
俺は視線を落とし、ローブの上から左胸を押さえた。
10
お気に入りに追加
624
あなたにおすすめの小説
異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜
トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦
ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが
突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして
子供の身代わりに車にはねられてしまう
やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった
ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。
しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。
リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。
現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!
騎士団長のお抱え薬師
衣更月
ファンタジー
辺境の町ハノンで暮らすイヴは、四大元素の火、風、水、土の属性から弾かれたハズレ属性、聖属性持ちだ。
聖属性持ちは意外と多く、ハズレ属性と言われるだけあって飽和状態。聖属性持ちの女性は結婚に逃げがちだが、イヴの年齢では結婚はできない。家業があれば良かったのだが、平民で天涯孤独となった身の上である。
後ろ盾は一切なく、自分の身は自分で守らなければならない。
なのに、求人依頼に聖属性は殆ど出ない。
そんな折、獣人の国が聖属性を募集していると話を聞き、出国を決意する。
場所は隣国。
しかもハノンの隣。
迎えに来たのは見上げるほど背の高い美丈夫で、なぜかイヴに威圧的な騎士団長だった。
大きな事件は起きないし、意外と獣人は優しい。なのに、団長だけは怖い。
イヴの団長克服の日々が始まる―ー―。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
転生調理令嬢は諦めることを知らない
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。
神々の仲間入りしました。
ラキレスト
ファンタジー
日本の一般家庭に生まれ平凡に暮らしていた神田えいみ。これからも普通に平凡に暮らしていくと思っていたが、突然巻き込まれたトラブルによって世界は一変する。そこから始まる物語。
「私の娘として生まれ変わりませんか?」
「………、はいぃ!?」
女神の娘になり、兄弟姉妹達、周りの神達に溺愛されながら一人前の神になるべく学び、成長していく。
(ご都合主義展開が多々あります……それでも良ければ読んで下さい)
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しています。
私、のんびり暮らしたいんです!
クロウ
ファンタジー
神様の手違いで死んだ少女は、異世界のとある村で転生した。
神様から貰ったスキルで今世はのんびりと過ごすんだ!
しかし番を探しに訪れた第2王子に、番認定をされて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる