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第4章 奴隷と暮らす

第3話

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「どうぞ、アップルティーです」

「有難う」

 目の前にはエルフが入れてくれた紅茶のティーカップがある。カップに入れられた紅茶からふわりと白い湯気が立ち込め、そこからストレートティーにほのかな甘味を含んだような香りを放っている。

 そういえば、奴隷商館で出された紅茶の香りと似ているなとふと思い出しながら、熱いのは承知の上で、カップのハンドル持ち手に指を引っ掛け持ち上げると、少し傾けて飲んでみる。

あっつ!)

 という心の叫びは口には出さず、震えた手でそおっとカップをソーサー受け皿に置いた。猫舌なので、少し冷ましておくことにした。

 ティーカップは全員分用意され、エルフに茶を振る舞われていた。ただの食後の紅茶というのもあるのだろうが、「少し話したいことがある」と皆が食べ終わった頃に伝えれば、エルフが「お話されるのであれば、お茶をお出ししましょうか?」と提案してくれたので、頼んだのだ。この調子で自己主張してくれると嬉しい。

 エルフが着席したのを確認し、私は口を開いた。

「今から話すのは、これからのことについてだ。まず奴隷を購入するに至った理由を話したいと思う」

 そう話し始めれば、真剣な眼差しで彼らは私を見てくる。あまりにも突き刺さる視線が痛くて身体が強張ってしまい、事前に話そうと思っていた内容をそのまま話して大丈夫だろうかと不安にかられる。

 私は緊張を和らげるために、テーブル上で組んだ手に視線を移し、彼らの視線から逃れた。

「少し訳ありでな……秘密を厳守してくれる者というのが第一条件だった。だから、奴隷を買うことにした。
 奴隷を買ってどうするのかだが、俺は田舎から来て知識がないから読み書きや最低限の常識を身につけたい。それから、魔力に少し問題があって、俺が力をつけるまでの間、守ってくれる人が必要だった。
 ということで、これからおまえたちにやってもらう仕事だが、意思疎通は問題なくとも読み書きがまだまだなので、それを手伝ってほしい。あとは日常生活上の最低限の知識の指南と日頃の護衛、そして戦闘の指導を頼みたい」

 やっと言い終えた、と肩の力を抜いて顔を上げてみれば、彼らは私の話した内容を理解しようとしたためか、暫く考え込んでいた。その間、私はアップルティーを啜る。少し冷めて丁度いい温度だ。

「訳あり……というのは、何でしょうか?」

 声が小さいながらも、透き通るようなはっきりとしたこの口調は──狼人だ。私は、カップをソーサー受け皿に置いて、また手を組んだ。

「すまない……それはもう少し後になってから話したい。まだ、俺の覚悟が足りないのでな。今月中には必ず話すので、待っていてほしい」

 そう話せば、狼人は「わかりました」と言った後、下がった。

(打ち明ける時期としては、もう少し落ち着いてきてからがいいんだけどな……)

 でもあまり引き伸ばしても不安を煽るだけだろうし、と考えて今月中に話すことを約束した。

「訳ありの中には、その腰の袋のことも入っておるのか?」

(袋?)

 龍人の指差す先には、登録収納の麻袋があった。無限にお金が湧いてくるとはいえ、私がここに手を入れない限りはただの袋にしか見えないはずなのに……。

「どういうことだ?」

 焦りを隠しながら龍人にそう聞いた私の声は少しだけ低くなってしまっていたようだ。それを見逃さなかった龍人が目を細めたが、私はそれに気が付かなかった。

「我の魔眼には、魔力の流れを見る力がある。人も魔物も自身の意思なくしては、魔力を外部に放出することはない。魔石には魔力が魔結石には想像する力が必要で、その袋のような現象は起きない。だが、何故だ? その袋は常に魔力を放っているように見える。特にご主人がその袋に手を入れた時だな」

(魔力を、放っている?)

 秘密がひとつバレてしまったという焦りはすぐにこなかった。それは、直ぐに押し寄せてきた大きな混乱の波に塗りつぶされ、知っている秘密の更に上をゆく秘密を見破られてしまったからだ。

「確かに秘密の中にはこの袋のことも入ってはいるが、魔力を纏っているとは知らなかったな……」

 考え込むのは僅かな時間だった。狐人が「おいおい、ちょっと待てよ?」みたいな焦り引き攣った顔で乱入してきたからだ。

「まさか、国外逃亡してきたとかヤバイ秘密じゃないよね?」

「隠してる秘密の中に、犯罪に関することは一切ない。安心してくれ」

 龍人の追求から逃れられたことに、狐人に内心感謝しつつ答えた後、ティーカップの底に少し残ったアップルティーをクイっと口の中へ全て入れ立ち上がり、シンクへ食器を置いた。

 そして、アイテムボックスから大きめの麻袋を取り出し、その中へ腰につけた登録収納の麻袋を入れる。いま私の手は、登録収納の小さな麻袋の中にある。

「因みにおまえたちのことを奴隷として扱う気はない。立場としては使用人くらいに思っていてくれ。それと、就職おめでとう」

 そう言って、椅子に腰掛けた彼らの目の前に置いていったのは、お金だ。大量の硬貨が小さな麻袋から出てきたら驚かれてしまうので、登録収納の麻袋を大きめの麻袋へ入れてカモフラージュしたのだ。

「これ、就職祝金な。雇用契約書は、また準備するから少し待っていてほしい。あと、俺、二階の客用の浴場へ入るから、おまえらは風呂を溜めてある方に入ってゆっくりしてこい。
 俺の部屋は二階の図書室だったところの隣の隣の部屋な。おまえたちも好きな部屋を選んでゆっくり休め。ではな、また明日」

 昨日と今日は色々あって混乱していることも多いだろうから、考える時間があった方がいいと、私はキッチンから退散することにした。その中に、龍人の鋭い質問から逃れたかったという理由も少しあったが。

 キッチンの出入りする扉を半分開け、重要なことを伝えていなかったと思い出し、ドアノブに手をかけたまま顔だけを振り向かせた。

「あ、それと俺が浴場に入っている際は、中へ入ってこないでほしい。思春期の気難しいお年頃だしな、察してくれ」

 そう一方的に彼らへ告げて、私はキッチンを後にした。

 話の後半は、秘密に触れられて焦るあまり、彼らがどんな表情かおをして私の話を聞いていたのか分からなかった。彼らのどんな小さな変化も見逃さぬよう細心の注意を払っていたというのに、思い出せないことを残念に思う。

 暗闇の中、複数の窓からホワイトスモークの月光が差し込む長い廊下をゆったり歩いていると、ふと思い出し、進む足をぴたりと止めた。

(あっ……アイテムボックスの中身、テーブルに置いたままだった。まぁいっか、ベッドはあるし……)

 彼らが仕分けしてくれていた、家具のキューブボックスを持ってくるのを忘れたことに今更ながら気がついた隼人であった。
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