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第23章『凍えそうな季節から』
閑話『想いを伝える日』
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「こんにちは。和泉愛菜さんですか?」
「そうですけど…」
星影氷空から聞いていたとおりだ。
明るい声で笑顔を作っている。
それと、大切そうにぬいぐるみやネックレスを握りしめていた。
「柳慎吾さんから手紙が届いています」
「冗談でも言っていいことと悪いことが、」
「本気です。読んでくだされば分かっていただけるのではないでしょうか?」
「……分かりました。読みます」
文通をしていたとのことなので、本人が書いたものだと信じてもらえるだろう。
どんな結果になるにしろ、俺にできるのは見守ることだけだ。
【愛菜
少し早いバレンタインのプレゼントは届きましたか?
たれ耳兎のぬいぐるみがいいって言ってたから作ってみました。
俺は相変わらずです。でも、赤点は回避してるから心配しないで。
負担にならない程度でまた話せたら嬉しい。俺が分かる範囲なら教えられるし、俺ももっと教えてほしい。
ずっとそうやって楽しく過ごしたかった。愛菜のおかげで俺は生きていられた。
ありがとう。愛菜がいてくれて幸せだった】
「なんで…」
大切な相手が理不尽な目に遭い、突然いなくなる。
そのことを真正面から受け止められる人間はそうそういない。
「…バレンタインだからって、告白の手紙と一緒にぬいぐるみが届いたんです。
私も好きだって返したかった。ちゃんと伝えたかったのに…」
ふたりの関係はよく分からないが、大切に想いあっていたことは分かる。
「…あなたが強く想えば、きっと届きます」
「そっか。そうならいいな…」
空を見上げ、和泉愛菜は静かに涙する。
持っていたぬいぐるみを大切そうに抱きしめ、一礼してどこかへ向かって歩きだした。
「お疲れ様です」
「リーダー…」
本部に戻ると、矢田がげっそりした顔でこちらを見ている。
「何か問題でもありましたか?」
「いや、大丈夫です」
矢田の机には、大量の手紙が仕分けられている。
…そういうことか。
「あとは私がやっておきますから、置いておいてください。長田をひとりにしてはいけません」
「でも、それじゃあリーダーが…」
「平気です。この程度の量ならひとりでさばけます」
「…それじゃあ、半分お願いします。リーダーだって、氷空ちゃんをひとりにしちゃ駄目ですよ」
言い返す前に矢田は本部を出てしまった。
仕方がないので頼まれた半分だけを鞄に入れ、届けてまわる。
「……別に、予定なんてないのに」
携帯電話を手にとり、いつかもらった紙に欠かれた連絡先にメールを送る。
【もし時間があるなら駅前に来て】
送った後でやめておけばよかったと少し後悔したが、すぐに返信がきた。
【行きます】
真っ直ぐな返事が彼女らしい。
今日くらいは素直に気持ちを言葉にしてもいいだろう。
…そういう、素直になれない想いを伝える日なのだから。
「そうですけど…」
星影氷空から聞いていたとおりだ。
明るい声で笑顔を作っている。
それと、大切そうにぬいぐるみやネックレスを握りしめていた。
「柳慎吾さんから手紙が届いています」
「冗談でも言っていいことと悪いことが、」
「本気です。読んでくだされば分かっていただけるのではないでしょうか?」
「……分かりました。読みます」
文通をしていたとのことなので、本人が書いたものだと信じてもらえるだろう。
どんな結果になるにしろ、俺にできるのは見守ることだけだ。
【愛菜
少し早いバレンタインのプレゼントは届きましたか?
たれ耳兎のぬいぐるみがいいって言ってたから作ってみました。
俺は相変わらずです。でも、赤点は回避してるから心配しないで。
負担にならない程度でまた話せたら嬉しい。俺が分かる範囲なら教えられるし、俺ももっと教えてほしい。
ずっとそうやって楽しく過ごしたかった。愛菜のおかげで俺は生きていられた。
ありがとう。愛菜がいてくれて幸せだった】
「なんで…」
大切な相手が理不尽な目に遭い、突然いなくなる。
そのことを真正面から受け止められる人間はそうそういない。
「…バレンタインだからって、告白の手紙と一緒にぬいぐるみが届いたんです。
私も好きだって返したかった。ちゃんと伝えたかったのに…」
ふたりの関係はよく分からないが、大切に想いあっていたことは分かる。
「…あなたが強く想えば、きっと届きます」
「そっか。そうならいいな…」
空を見上げ、和泉愛菜は静かに涙する。
持っていたぬいぐるみを大切そうに抱きしめ、一礼してどこかへ向かって歩きだした。
「お疲れ様です」
「リーダー…」
本部に戻ると、矢田がげっそりした顔でこちらを見ている。
「何か問題でもありましたか?」
「いや、大丈夫です」
矢田の机には、大量の手紙が仕分けられている。
…そういうことか。
「あとは私がやっておきますから、置いておいてください。長田をひとりにしてはいけません」
「でも、それじゃあリーダーが…」
「平気です。この程度の量ならひとりでさばけます」
「…それじゃあ、半分お願いします。リーダーだって、氷空ちゃんをひとりにしちゃ駄目ですよ」
言い返す前に矢田は本部を出てしまった。
仕方がないので頼まれた半分だけを鞄に入れ、届けてまわる。
「……別に、予定なんてないのに」
携帯電話を手にとり、いつかもらった紙に欠かれた連絡先にメールを送る。
【もし時間があるなら駅前に来て】
送った後でやめておけばよかったと少し後悔したが、すぐに返信がきた。
【行きます】
真っ直ぐな返事が彼女らしい。
今日くらいは素直に気持ちを言葉にしてもいいだろう。
…そういう、素直になれない想いを伝える日なのだから。
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