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第9章『送人』
第45話
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1学期が終わりを迎え、ホームルームの後そのまま屋上へ向かう。
「来たんだ」
「うん。しばらくここには来られないから…」
少し沈黙が流れたところで氷雨君がぽつりと呟く。
「…予定」
「え?」
「夏休みの間、何か予定があるなら教えて」
「今のところは特にない」
「……そう」
何か特殊な仕事があるのかもしれないけど、事前に渡された課題は終わらせたし、あとの予定はおばさんのところに行くことだけだ。
強いて言うなら少し海を見たいというくらいだろうか。
「それじゃあ俺はもう行くから」
「あ、うん…また今夜」
氷雨君の後ろ姿は何かを抱えているように見えるけど、やっぱり何も訊けないままでいる。
なんとなく遠くなってしまいそうで、言葉にするのが怖い。
「もしもし、おばさん?今日は検査だから会えないんだよね…。何かあったら連絡してね」
留守電を入れてその場を離れる。
今夜はどんなお客様と話をするんだろうと、少し苦しくなりながら。
「……というわけで、今年度の送り人を決めましょう」
「送り人?」
着替え終わったところで、また知らない単語が出てくる。
色々な車掌さんが集められていて、その中に矢田さんの姿もあった。
「送り人っていうのは、毎年お盆の時期にこっち側へやってくるお客様をご案内する仕事だよ。
僕も何回かやったことあるけど、1番慣れてるのはやっぱりリーダーかな」
「そうなんですね…」
矢田さんに教えてもらったところで、氷雨君の声がその場に響く。
「できれば立候補で決めたいのですが、予定が埋まっている方から免除しますので早めに届け出てください」
その場にいた人たちはすぐに届けを書きはじめたけど、私にはそれがない。
「今夜はこっち」
「わ、分かった」
連れてこられたのは、見たことがない車両だった。
ここで働きはじめてだいぶ色々な場所を見てきたと思っていたのに、目の前には未知の世界が広がっている。
「ここはどんなお客様がいらっしゃるの?」
「送り人の役目を果たす人が困らないように事前準備しておく車両だよ。
死者が生者の元へ向かうなんて普段なら許されない行為だから、不測の事態に備えて防具や座席を用意しておく必要がある」
「あの…私にも、送り人ができるかな?」
私の言葉に氷雨君は険しい表情をしていた。
「生者だってばれたら体を奪われるかもしれない」
「ばれないように頑張る。頑張るから、役に立たせてほしい」
矢田さんや他の車掌さん、清掃員の人たちにいつも優しい言葉をかけてもらっている。
その分きっちり働いて少しでも恩返しがしたい。
氷雨君は少し考えるような仕草を見せた後、大きくため息を吐いた。
「言い出したら聞かないだろうから許可する。ただし、俺の側を離れないこと。それが守れなかったら即帰ってもらうから」
「ありがとう」
特殊な座席を掃除しながら氷雨君の様子を確認する。
その表情は、なんだか曇っているような気がした。
「来たんだ」
「うん。しばらくここには来られないから…」
少し沈黙が流れたところで氷雨君がぽつりと呟く。
「…予定」
「え?」
「夏休みの間、何か予定があるなら教えて」
「今のところは特にない」
「……そう」
何か特殊な仕事があるのかもしれないけど、事前に渡された課題は終わらせたし、あとの予定はおばさんのところに行くことだけだ。
強いて言うなら少し海を見たいというくらいだろうか。
「それじゃあ俺はもう行くから」
「あ、うん…また今夜」
氷雨君の後ろ姿は何かを抱えているように見えるけど、やっぱり何も訊けないままでいる。
なんとなく遠くなってしまいそうで、言葉にするのが怖い。
「もしもし、おばさん?今日は検査だから会えないんだよね…。何かあったら連絡してね」
留守電を入れてその場を離れる。
今夜はどんなお客様と話をするんだろうと、少し苦しくなりながら。
「……というわけで、今年度の送り人を決めましょう」
「送り人?」
着替え終わったところで、また知らない単語が出てくる。
色々な車掌さんが集められていて、その中に矢田さんの姿もあった。
「送り人っていうのは、毎年お盆の時期にこっち側へやってくるお客様をご案内する仕事だよ。
僕も何回かやったことあるけど、1番慣れてるのはやっぱりリーダーかな」
「そうなんですね…」
矢田さんに教えてもらったところで、氷雨君の声がその場に響く。
「できれば立候補で決めたいのですが、予定が埋まっている方から免除しますので早めに届け出てください」
その場にいた人たちはすぐに届けを書きはじめたけど、私にはそれがない。
「今夜はこっち」
「わ、分かった」
連れてこられたのは、見たことがない車両だった。
ここで働きはじめてだいぶ色々な場所を見てきたと思っていたのに、目の前には未知の世界が広がっている。
「ここはどんなお客様がいらっしゃるの?」
「送り人の役目を果たす人が困らないように事前準備しておく車両だよ。
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「言い出したら聞かないだろうから許可する。ただし、俺の側を離れないこと。それが守れなかったら即帰ってもらうから」
「ありがとう」
特殊な座席を掃除しながら氷雨君の様子を確認する。
その表情は、なんだか曇っているような気がした。
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