物置小屋

物語の欠片

はじまりの魔法(ハロウィン)

「と、とり……」
緊張して上手く言えない、あの呪文。
いつか大切な人に伝えようと決めて早3年、未だに言えたことがない。
「おはよう！」
「お、おは、」
大寺正義、私の幼なじみのモテ男。
昔は緊張せずに話せていたのに、今は遠い人に感じる。
昔の私はどうやって声をかけていたんだろう。
それさえ思い出せないくらい、まともに話せていない。
だけど、放課後残っていると必ず声をかけてくれる。
「梨沙」
「な、なに？」
「週末暇？」
「多分」
「土曜の夕方5時に駅前。待ってて」
「え、あ、」
私から話しかけるのが難しいけど、それでも正義は声をかけてくれる。
誰かがいると不安になって話せなくなる私に気を遣ってくれているのかもしれない。
それがとてもありがたくて、その日を楽しみに待つことにする。
……今年こそ言えるといいな。


──時計を確認すると、もう15分すぎてしまっている。
土曜日の駅前は人が沢山いて、なかなか正義を見つけられない。
電話をかけるとすぐ出てくれた。
『今どこ？』
「……ご当地キャラの像の前。ま、正義はどこにいるの？そっち行こうか？」
『いや、いい。そのまま動かないで』
正義はかなりの時間探してくれていたみたいで、息を切らしながら走ってきた。
「遅れてごめん」
「そ、そんなに待ってないから……」
「じゃ、行こう」
「行くってどこに？」
「お店、予約しておいたんだ」
昔に戻ったみたいな感覚に陥りながら、真っ直ぐレストランへ向かう。
ハロウィンらしい飾りつけのお店で、私が好きな雰囲気の場所だ。
「どうして誘ってくれたの？」
「ここ何年か、あんまりちゃんと話せてなかったでしょ？何か理由があるのか聞きたかったんだ」
ずっと言い出せなかったことを、この場で全部吐き出してしまおう。
「ハロウィンパーティーしたときのこと、覚えてる？」
「中学の時？」
「そう。そのとき、緊張して何も言えなくて…ますます人と話すのが苦手になった。
それに、高校に入ってから正義が遠い人に見えちゃったんだ。
私なんかが話しかけてもいいのかなって、それで……」
「そっか。俺が何かしちゃったわけじゃなかったんだ」
正義はほっとした顔でそう言った。
彼なりに悩んでくれていたのかもしれない。
「俺は、梨沙から遠ざかりたいなんて思ってない。遠ざかってるとも思ってない。
寧ろずっと近づきたかったんだ。梨沙の隣がふさわしい自分でいたいと思ってた。…だから、一緒にいてくれないと意味がない」
「それって──」
素敵な料理のことも、周りの楽しそうな声も全部覚えてる。
だけど、真剣な眼差しで伝えられた言葉が1番心に刺さった。
帰り道、ふたりで手を繋いで歩く。
そのとき、数年ごしにやっと言えた。
「と、トリックオアトリート」
ここから先は、魔法の時間。
ｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰｰ
ハロウィンの話を創りたくてやってみました。