物置小屋

黒蝶

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物語の欠片

虚空に誓う(短篇)

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朝焼けの空を見つめながら、私は今日も絶望する。
「……おはよう」
ぬいぐるみに声をかけ、痛む手足をかばいながらどうにか学校へ向かった。
「うわ、あいつ来たよ」
「なんのために生きてるんだろうね?」
「俺だったらあんな見た目で生きていけねえわ」
言葉のナイフを適当に受け流し、自分の席……だったはずの場所を見つめる。
何もない。何も。
今回はどこへ持っていかれたのか、なんて気にならなかった。
……もう全部やめてしまおう。
1度そう決めると心がとても軽くなって、そのまま教室を出た。
探しに行く姿が滑稽だと嘲笑っているようだが、残念ながら今日の私は違う。
ここではない居場所が私にはあるから。


海辺でひとりお昼ご飯を食べていると、後ろから声をかけられる。
「…あれ?学校は?」
「別にいい」
「そう。じゃあこれ持って」
家にも居場所がない私は、毎晩海で寝泊まりしている。
……と言っても、近くの廃墟に色々持ちこんで勝手にやっているだけだが。
そんなとき出会ったのが彼、陽だ。
陽はいつも私を見つけてはバイクでどこへでも連れて行ってくれる。
「まずは服を着替えた方がいいよね。着られそうなもの、持ってる?」
「持ってない」
いつも持ち歩いてる部屋着と寝間着ならあるけど、街に溶けこむにはいまひとつだ。
どうしようか迷っていると、陽はある洋服屋に連れて行ってくれた。
「好きなの選んでいいよ」
「それは流石に悪い。いつもバイクに乗せてもらって、助けてもらってばかりなのに……」
「分かった。なら俺が勝手に選んだ服を着てもらうから」
休みの日に着ている服を見てくれていたのか、私が好きな系統のシンプルなものを選んでくれた。
「これならどう?」
「素敵……」
「着替えてきて」
「ごめんなさい。ありがとう」
「いいって、これくらい。その代わり、俺が行きたい場所につきあってもらうから」
陽はどうしてこんなによくしてくれるんだろう。
「行こう煉華」
「……分かった」
この人の側はとても温かい。
凍っている心が少しずつ動いている気がした。


──遊んで、遊んで、遊んで。
そうこうしているうちに空が茜色に染まっていた。
「今夜もその廃墟で寝るの?」
「うん」
「俺も荷物持ってくる」
「……私のことなんか放っておいていいのに」
バイクに触れていた手が止まる。
その手で私の頬を優しく包みこんだ。
「なんか、なんて言わないで。君は俺を見た目で差別しなかった。
そんな優しい心を持った人間が損をする世界なんてあっちゃいけない」
たしかに陽の見た目はちょっと怖い。
初めて会ったときも、迷子の子どもに声をかけたら泣かせたと思われたって落ちこんでいた。
「私みたいなブスでも?」
「少なくとも、俺にとって大切なのは見た目より心の美しさだから」
陽が荷物を取りに行っている間、かかってきた電話を無視する。
もういい。明日学校に行ったら辞めるって伝えてこよう。
通信制のパンフレットがあったから、勝手に見学に行って……それで駄目なら、全部終わりにすればいい。
「なんか悩んでる?」
「……学校、辞めようと思って」
「そっか」
「止めないの?」
「止めたら止まるの?」
それもそうか。
乾いた笑いが出た私に、陽は優しい言葉をかけてくれた。
「今日、限界になる出来事があったんでしょ?」
「……あった」
ぬいぐるみを抱きしめながら、色々思い出して苦しくなる。
私に生まれてこなきゃよかったなんて言って、妹を溺愛してなんでも許す家の人間。
たまたま顔見知りだった先生と話していただけで嫌がらせをしてくる、名前も知らない生徒たち。
「もう全部終わりにしたい」
陽は驚いた顔で私の手を握る。
「煉華は優しいから、きっと俺が知らない心の傷も多いんだと思う。頑張って頑張って、でもこの世界で分かりあえる人を探すのは難しい。
だけど、俺は君に出会えたから救われた。今ここにいられるんだ。
……煉華のためならどこまでだって連れ出すよ」
やっぱり陽は優しい。
こんな私でも生きていていいんじゃないかと勘違いしてしまうくらいに温かい言葉をくれる。
「……通信制へ行こうと思ってる。無理かもしれないけど、あの家から逃げたい」
「きっとできるよ。俺に手伝えることがあるならなんでもやるし、君が幸せになれる手伝いをさせてほしい。
だけどもし、色々やって、それでも駄目だってなったそのときは……」
虚空を見上げ、陽は笑った。
「あの空に1個だけ光る星になろう」
一緒に、というニュアンスがこめられているのに胸が熱くなって首を大きく縦にふる。
ブスで生きる価値がない失敗作の私にこんなに心根が素敵な人と出逢わせてくれたことだけは、この怪物みたいな世界に感謝しよう。
──どこまでも闇が広がる虚空を見つめながら、いつもどおりランタンの明かりで語らうのだった。
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