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物語の欠片
『いいですよ』(短篇小説)
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最近、ずっとぼんやりしてしまう。
それもこれも、全部あの人のせいだ。
「涼花、最近元気なくない?」
「……別に。それより、次の小テストの勉強しないと」
「やば、忘れてた!」
声をかけてきたクラスメイトに淡々と事実を告げ、適当に授業を受けて屋上へ向かう。
別に仲間はずれにされているわけではない。
ただ、仲がいい友人がいるわけでもない。
だから毎日屋上に顔を出していた。
授業を受けるより何倍も楽しい時間を過ごせたから。
「…なんで預けたままいなくなっちゃったんですか、菜乃葉先輩」
翌日も更にその翌日も、いなくなってしまった先輩のことを心に思い描く。
…思えば、初めて会ったのもこんなふうに桜が舞い散る午後だった。
「すみません。先客でしたか」
「…いえ。私はもう行くので」
人とあまり関わりたくなかった私に、先輩は笑顔で声をかけてきた。
「こんな時間にいるということはあなたもサボりでしょう?私もなんです」
「え……」
菜乃葉先輩は真面目そうな人だったから、さぼるなんて言葉が口から零れたときの衝撃をよく覚えている。
「私、写真部なんです。あなたを撮ってもいいですか?」
「別に構いませんけど、桜を撮った方が、」
「桜と一緒にあなたを撮ったら、きっと素敵な写真になります」
先輩はそう言って譲らなかった。
そうして、1日だけだからと写真に写ったのがはじまりだ。
それから毎日、約束したわけでもないのに屋上で会うようになった。
「お昼ご飯食べましたか?」
「これからです」
「私もなんです。一緒に食べましょう」
大した話をするわけでもなかったけど、先輩との時間は心地よかった。
悪口が飛んでくるわけでもないし、ギスギスした人間関係なんてここにはない。
…そんなある日、先輩が私の写真をコンテストに出したいと言ってきた。
「あの桜の花びらとの1枚を出したいんです。横顔しか写していません」
「……嫌だと言ったら?」
「諦めるしかありませんね。今回が最後のコンテストなのに……」
「分かりました。分かりましたから、そんなこの世の終わりみたいな顔をしないでください」
先輩は子供みたいに目を輝かせて、私の手を両手で握った。
「ありがとうございます!このご恩は決して忘れません!」
「そんな大げさな…」
「私にとっては、大げさなことじゃないんですよ」
先輩は一瞬哀しげな表情をみせた後、すぐにいつもどおり笑っていた。
「そうだ、しばらくこれを預かっててもらえませんか?」
そう言って渡されたのは、先輩が毎日持ち歩いていた夜色のデジカメだった。
「いいんですか?」
「あなただからお願いしたいんです。大切にしてくれそうだから」
先輩の言葉に違和感を覚えながらもカメラを受け取る。
「分かりました」
「ありがとうございます。それでは写真を提出してきますね。
…涼花さん、本当にありがとうございました。感謝してもしたりません」
先輩の長い髪がさらさらと風になびく。
屋上を離れる瞬間も、彼女は最後まで笑顔だった。
最後の大会なんて言いながら、まだ夏の大会以降だってあるだろうと思っていたのに。
先輩にとっては、本当に最期の大会だったのだ。
「倉田さん、少しいいかな?」
「はい」
放課後、屋上へ足を進めていると後ろから声をかけられる。
たしか、写真部の顧問…名前は出てこないがそうだったはずだ。
案内されたのは写真部の部室だった。
「あなた宛の手紙が出てきたんだ。…望月の」
「望月、菜乃葉先輩からですか?」
「ああ。写真のお礼をしたかったのかな?渡した方がいいと思って…呼び止めてしまってすまなかった」
「いえ。ありがとうございます」
屋上への階段をのぼる途中、特選という文字のすぐ横に先輩が撮ったであろう私の写真が貼られていた。
胸にこみあげてくるものをぐっと堪え、階段をのぼりきる。
誰もいないふたりの大切な場所で、恐る恐る封を開けた。
【涼花さんへ
この手紙をあなたが読んでいる頃、私はもういないでしょう。
小さい頃から病弱で友だちもいなかった私の最後の2ヶ月は、とても素晴らしいものになりました。ありがとうございます。
あなたと出会ったあの頃、もうすでに病気が進行してどうにもならない状態でした。
独り寂しく死んでいくんだと思っていたのに、あなたと出会って突然光がさしたような気分になりました。この人になら私のたったひとつの宝物を託しても大丈夫だと思えました。
病気のことを黙っていたのは謝ります。ですが、どうかお願いです。
あなたは誰より優しく笑う…その笑顔を絶やさないでください。私はそのひだまりのような笑顔に救われました。
たったひとりの特別な友人へ、私からの最後の我儘です。
時々はカメラを使ってもらえると嬉しいな…なんて、これも我儘でしょうか。
涼花さんと出会えてよかった。本当に素敵な日々でした。】
写真のタイトルに、特別と書かれていた気がする。
笑っていたいのに涙が止まらない。
あれからずっと持ち歩いているカメラを構えてみるけれど、ぼやけて何が写っているのかよく見えなかった。
必死に拭って絞り出た言葉は、紛れもなく私の本心だ。
「ねえ先輩。もう1度会えたら、また私のことを被写体にしてくれますか?」
返ってくることがない言葉をつい待ってしまう。
ひとりきりの屋上を後にしようとすると、そよ風が優しく頬に当たる。
それはまるで、先輩がいいですよと笑ってくれているようだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
もういない先輩との想い出を大切にしている少女の話にしてみました。
それもこれも、全部あの人のせいだ。
「涼花、最近元気なくない?」
「……別に。それより、次の小テストの勉強しないと」
「やば、忘れてた!」
声をかけてきたクラスメイトに淡々と事実を告げ、適当に授業を受けて屋上へ向かう。
別に仲間はずれにされているわけではない。
ただ、仲がいい友人がいるわけでもない。
だから毎日屋上に顔を出していた。
授業を受けるより何倍も楽しい時間を過ごせたから。
「…なんで預けたままいなくなっちゃったんですか、菜乃葉先輩」
翌日も更にその翌日も、いなくなってしまった先輩のことを心に思い描く。
…思えば、初めて会ったのもこんなふうに桜が舞い散る午後だった。
「すみません。先客でしたか」
「…いえ。私はもう行くので」
人とあまり関わりたくなかった私に、先輩は笑顔で声をかけてきた。
「こんな時間にいるということはあなたもサボりでしょう?私もなんです」
「え……」
菜乃葉先輩は真面目そうな人だったから、さぼるなんて言葉が口から零れたときの衝撃をよく覚えている。
「私、写真部なんです。あなたを撮ってもいいですか?」
「別に構いませんけど、桜を撮った方が、」
「桜と一緒にあなたを撮ったら、きっと素敵な写真になります」
先輩はそう言って譲らなかった。
そうして、1日だけだからと写真に写ったのがはじまりだ。
それから毎日、約束したわけでもないのに屋上で会うようになった。
「お昼ご飯食べましたか?」
「これからです」
「私もなんです。一緒に食べましょう」
大した話をするわけでもなかったけど、先輩との時間は心地よかった。
悪口が飛んでくるわけでもないし、ギスギスした人間関係なんてここにはない。
…そんなある日、先輩が私の写真をコンテストに出したいと言ってきた。
「あの桜の花びらとの1枚を出したいんです。横顔しか写していません」
「……嫌だと言ったら?」
「諦めるしかありませんね。今回が最後のコンテストなのに……」
「分かりました。分かりましたから、そんなこの世の終わりみたいな顔をしないでください」
先輩は子供みたいに目を輝かせて、私の手を両手で握った。
「ありがとうございます!このご恩は決して忘れません!」
「そんな大げさな…」
「私にとっては、大げさなことじゃないんですよ」
先輩は一瞬哀しげな表情をみせた後、すぐにいつもどおり笑っていた。
「そうだ、しばらくこれを預かっててもらえませんか?」
そう言って渡されたのは、先輩が毎日持ち歩いていた夜色のデジカメだった。
「いいんですか?」
「あなただからお願いしたいんです。大切にしてくれそうだから」
先輩の言葉に違和感を覚えながらもカメラを受け取る。
「分かりました」
「ありがとうございます。それでは写真を提出してきますね。
…涼花さん、本当にありがとうございました。感謝してもしたりません」
先輩の長い髪がさらさらと風になびく。
屋上を離れる瞬間も、彼女は最後まで笑顔だった。
最後の大会なんて言いながら、まだ夏の大会以降だってあるだろうと思っていたのに。
先輩にとっては、本当に最期の大会だったのだ。
「倉田さん、少しいいかな?」
「はい」
放課後、屋上へ足を進めていると後ろから声をかけられる。
たしか、写真部の顧問…名前は出てこないがそうだったはずだ。
案内されたのは写真部の部室だった。
「あなた宛の手紙が出てきたんだ。…望月の」
「望月、菜乃葉先輩からですか?」
「ああ。写真のお礼をしたかったのかな?渡した方がいいと思って…呼び止めてしまってすまなかった」
「いえ。ありがとうございます」
屋上への階段をのぼる途中、特選という文字のすぐ横に先輩が撮ったであろう私の写真が貼られていた。
胸にこみあげてくるものをぐっと堪え、階段をのぼりきる。
誰もいないふたりの大切な場所で、恐る恐る封を開けた。
【涼花さんへ
この手紙をあなたが読んでいる頃、私はもういないでしょう。
小さい頃から病弱で友だちもいなかった私の最後の2ヶ月は、とても素晴らしいものになりました。ありがとうございます。
あなたと出会ったあの頃、もうすでに病気が進行してどうにもならない状態でした。
独り寂しく死んでいくんだと思っていたのに、あなたと出会って突然光がさしたような気分になりました。この人になら私のたったひとつの宝物を託しても大丈夫だと思えました。
病気のことを黙っていたのは謝ります。ですが、どうかお願いです。
あなたは誰より優しく笑う…その笑顔を絶やさないでください。私はそのひだまりのような笑顔に救われました。
たったひとりの特別な友人へ、私からの最後の我儘です。
時々はカメラを使ってもらえると嬉しいな…なんて、これも我儘でしょうか。
涼花さんと出会えてよかった。本当に素敵な日々でした。】
写真のタイトルに、特別と書かれていた気がする。
笑っていたいのに涙が止まらない。
あれからずっと持ち歩いているカメラを構えてみるけれど、ぼやけて何が写っているのかよく見えなかった。
必死に拭って絞り出た言葉は、紛れもなく私の本心だ。
「ねえ先輩。もう1度会えたら、また私のことを被写体にしてくれますか?」
返ってくることがない言葉をつい待ってしまう。
ひとりきりの屋上を後にしようとすると、そよ風が優しく頬に当たる。
それはまるで、先輩がいいですよと笑ってくれているようだった。
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もういない先輩との想い出を大切にしている少女の話にしてみました。
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