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物語の欠片
バニラと月夜とストロベリー(バニスト)※異性以外の恋愛表現が苦手な方は読まないことをおすすめします。
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「清香」
「あら、おはようございます。どうかされましたの?」
学校での変わらない日常。
しかし、奏はすぐ異変に気づく。
「肩にごみがついてたよ」
「まあ、ありがとうございます。それでは私はこれで…」
「清香」
つい呼び止めてしまった奏だったが、周囲に人が集まってきていることに気づく。
「……また後で」
「ええ。また後ほど」
今は遠ざかる清香の背中を見送ることしかできない。
戸惑いを抱えたまま、奏は反対方向に歩みを進めた。
昼休みに思い当たる場所を探してみたものの、清香の姿はどこにもない。
結局その後会えないまま放課後を迎え、奏は靴箱で待ち伏せることにした。
「清香」
「ごめんなさい。待たせてしまったかしら?」
「ううん。僕もさっき来たばかりだよ」
そこで奏は清香から笑顔が消え、灰暗い瞳をしていた理由を知る。
清香に伸びてくる大きな手を払いのけ、彼女の後をつけていた男の前に立ちふさがった。
「彼女に用があるなら僕が聞くけど」
「おとこおんなに用なんかないよ。俺の清香様に愛を伝えに来たんだ」
後ろにいる清香からますます黒いオーラが出るのを感じて、奏は大丈夫だというように彼女に向かって微笑んだ。
「それなら僕と勝負しよう」
「望むところだ!勝ったら清香様と──」
勝負は一瞬だった。
拳を振りあげ襲いかかってきた男子生徒を、奏はほとんど体勢を変えず腕一本で倒す。
今は他の生徒の目がないとはいえ、ここに長居するのはかなりリスクが高い。
「走れる?」
そう言って伸ばされた手を清香は掴み、ふたりでいつものカフェまで駆け抜けていく。
「ねえ、あの人は、」
「大丈夫だよ。気絶する程度にしておいたし、向こうに非があるって証明できるものもあるでしょ?」
用心深い清香のことだ、1日中警戒して過ごしたに違いない。
「今夜家に来ない?」
「行っていいの?」
「勿論。清香ならいつでも歓迎だよ」
安堵した恋人の表情を確認すると同時に、奏は怒りが自分の中で増幅していくのを感じた。
誰にも会わないであろう狭い道で手を繋いで歩く。
奏はなんとか自分の部屋までいつもどおりに過ごしたつもりだったが、それに気づかないほど清香は鈍くない。
「奏、怒ってるよね?」
「清香にじゃないよ。どうして気づかなかったんだろうって自分に腹が立ってるんだ」
「それは……分からないように徹底したもん」
清香はあの男との一件を話した。
財布を落としたので拾って渡したこと。
好意があると勘違いした相手が強引に距離をつめようとしてきたこと。
俺だけの姫などと言われたこと。
……奏を意図的に避けていたこと。
「相談してくれればよかったのに」
「いつもお世話になりっぱなしだし、巻きこみたくなかったの」
「僕はもっと巻きこまれたい」
奏は清香が独りで頑張りすぎることを知っている。
恋人になる前からそうだった。
「清香はもっと我儘になっていいんだよ」
「もう充分よ。…だって、本当の私を見て私の傷痕まで肯定してくれるのは奏だけだから」
清香は奏が自分より人のために怒ることを知っている。
腕にある大きな傷痕を見られたときもそうだった。
見た目だけの美しさを褒められても嬉しくなくてうんざりしていたとき、奏は傷を見てこう言い放ったのだ。
『その傷が大切なものを護ってできたものなら、僕の前では隠さないで。
清香がどんな姿でも関係ない。…傷痕だって綺麗だよ』
「包帯、ほどけてるね」
「奏」
「どうかし──」
唇を塞いだ後、清香は俯きながら呟いた。
「……ありがとう」
「人には不意打ち禁止って言っておいて…まあ、いいや。清香が笑って過ごしてくれればそれでいい。
それに、お礼を言うのは僕の方だよ。いつも一緒にいてくれて、護ってくれてありがとう」
傷痕を隠すように包帯を巻き終えて夕飯の支度をするふたりを、空では光と闇が丁度半分ずつになっている月の柔らかい光がさしこむ。
どんな人間も光だけではできていない。
それでも、ふたりは闇さえも分け合い生きていく。
共に過ごす未来を照らすように、一等星が一層強く輝いた。
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久しぶりにバニラと秘蜜とストロベリーのキャラクターで綴ってみました。
ふたりとも灰暗い過去があったりするのですが、それはまた別の機会に綴ってみようと思います。
「あら、おはようございます。どうかされましたの?」
学校での変わらない日常。
しかし、奏はすぐ異変に気づく。
「肩にごみがついてたよ」
「まあ、ありがとうございます。それでは私はこれで…」
「清香」
つい呼び止めてしまった奏だったが、周囲に人が集まってきていることに気づく。
「……また後で」
「ええ。また後ほど」
今は遠ざかる清香の背中を見送ることしかできない。
戸惑いを抱えたまま、奏は反対方向に歩みを進めた。
昼休みに思い当たる場所を探してみたものの、清香の姿はどこにもない。
結局その後会えないまま放課後を迎え、奏は靴箱で待ち伏せることにした。
「清香」
「ごめんなさい。待たせてしまったかしら?」
「ううん。僕もさっき来たばかりだよ」
そこで奏は清香から笑顔が消え、灰暗い瞳をしていた理由を知る。
清香に伸びてくる大きな手を払いのけ、彼女の後をつけていた男の前に立ちふさがった。
「彼女に用があるなら僕が聞くけど」
「おとこおんなに用なんかないよ。俺の清香様に愛を伝えに来たんだ」
後ろにいる清香からますます黒いオーラが出るのを感じて、奏は大丈夫だというように彼女に向かって微笑んだ。
「それなら僕と勝負しよう」
「望むところだ!勝ったら清香様と──」
勝負は一瞬だった。
拳を振りあげ襲いかかってきた男子生徒を、奏はほとんど体勢を変えず腕一本で倒す。
今は他の生徒の目がないとはいえ、ここに長居するのはかなりリスクが高い。
「走れる?」
そう言って伸ばされた手を清香は掴み、ふたりでいつものカフェまで駆け抜けていく。
「ねえ、あの人は、」
「大丈夫だよ。気絶する程度にしておいたし、向こうに非があるって証明できるものもあるでしょ?」
用心深い清香のことだ、1日中警戒して過ごしたに違いない。
「今夜家に来ない?」
「行っていいの?」
「勿論。清香ならいつでも歓迎だよ」
安堵した恋人の表情を確認すると同時に、奏は怒りが自分の中で増幅していくのを感じた。
誰にも会わないであろう狭い道で手を繋いで歩く。
奏はなんとか自分の部屋までいつもどおりに過ごしたつもりだったが、それに気づかないほど清香は鈍くない。
「奏、怒ってるよね?」
「清香にじゃないよ。どうして気づかなかったんだろうって自分に腹が立ってるんだ」
「それは……分からないように徹底したもん」
清香はあの男との一件を話した。
財布を落としたので拾って渡したこと。
好意があると勘違いした相手が強引に距離をつめようとしてきたこと。
俺だけの姫などと言われたこと。
……奏を意図的に避けていたこと。
「相談してくれればよかったのに」
「いつもお世話になりっぱなしだし、巻きこみたくなかったの」
「僕はもっと巻きこまれたい」
奏は清香が独りで頑張りすぎることを知っている。
恋人になる前からそうだった。
「清香はもっと我儘になっていいんだよ」
「もう充分よ。…だって、本当の私を見て私の傷痕まで肯定してくれるのは奏だけだから」
清香は奏が自分より人のために怒ることを知っている。
腕にある大きな傷痕を見られたときもそうだった。
見た目だけの美しさを褒められても嬉しくなくてうんざりしていたとき、奏は傷を見てこう言い放ったのだ。
『その傷が大切なものを護ってできたものなら、僕の前では隠さないで。
清香がどんな姿でも関係ない。…傷痕だって綺麗だよ』
「包帯、ほどけてるね」
「奏」
「どうかし──」
唇を塞いだ後、清香は俯きながら呟いた。
「……ありがとう」
「人には不意打ち禁止って言っておいて…まあ、いいや。清香が笑って過ごしてくれればそれでいい。
それに、お礼を言うのは僕の方だよ。いつも一緒にいてくれて、護ってくれてありがとう」
傷痕を隠すように包帯を巻き終えて夕飯の支度をするふたりを、空では光と闇が丁度半分ずつになっている月の柔らかい光がさしこむ。
どんな人間も光だけではできていない。
それでも、ふたりは闇さえも分け合い生きていく。
共に過ごす未来を照らすように、一等星が一層強く輝いた。
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久しぶりにバニラと秘蜜とストロベリーのキャラクターで綴ってみました。
ふたりとも灰暗い過去があったりするのですが、それはまた別の機会に綴ってみようと思います。
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