物置小屋

黒蝶

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1人向け・看病系

たとえ言葉がなくても(失声症の恋人へ)

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おかえり。今日も一日お疲れ様でした。
なんだか疲れているように見えるけど、大丈夫?
首を傾げられても、やっぱり疲れて見えるよ?ほら、大人しくして?
うーん...やっぱりこれ、熱があるんじゃないかな。
今日はもう横になった方がいいよ。
本当はここまで電車で帰ってくるのも辛かったんじゃない?...そうだろうと思った。
何か食べたいものとかある?首をふったけど、嘘でしょ。...多分、アイスが食べたいんじゃない?どうして分かったのか驚いてる顔してるけど...君のことなら、基本的にはなんでも分かるよ。
熱でふらふらな状態のときに、メモに言いたいことを全部書くのは大変でしょ?だから、俺が分かることはなんとか分かりたいって思うんだ。
頑張って口パクも読み解くよ。
...?ごめん、今のって『迷惑だって思わないの?』って言った?...よかった、あってた。
全然思わないよ。たとえ君の声が戻らなくても、俺は君のことが大好きだっていう気持ちは変わらないから。
あ、今のは日本手話の『ありがとう』でしょ?挨拶しか分からないけど...それより、まずはアイスを持ってくるね。
それから、氷枕とか薬も。ちょっとだけ待っててね。

お待たせ。体起こせそう?...よし。それじゃあ、はい、あーん。
吃驚した顔してるけど、こっちの方が楽に食べられるでしょ?
そんなに頬を赤くして...なんだか俺も恥ずかしくなってきちゃったけど、こうして君の側にいられて嬉しいって思うんだ。
ん?...ごめん、今のは分からなかった。もう一回話して?ああ、『私も』って言ったのか。
どうしよう、にやけちゃうな...。もういいの?それじゃあ、薬飲もうか。
今のは『嫌』でしょ?駄目だよ、悪くなっちゃったらどうするの...?
もう少しならアイス食べられそう?...よし、それじゃあこれに混ぜちゃおう。
粉薬が苦手な気持ちは分かるから...はい。このスプーン一杯食べたら薬は終わり。
...よくできました。苦いって顔してるね...。
それにしても、どうしてここまで無理したの?
これは流石に読唇できないかも...体しんどかったらいいんだけど、よければ書いて教えてくれる?
大丈夫、待ってるからゆっくり書いてね。
『伝えるタイミングが分からなくてそのままになっちゃった』って...そっか、そうだよね。
君が伝えたい言葉を書き終わるまで、相手に待ってもらえるとは限らないから...それで言えなかったんだね。
君は優しいね。人に迷惑をかけないようにっていつも立ち回るから...。
けど、それで君が苦しくなったら意味ないんだよ。
誰も体調が悪い人を責めたりしない。...俺はそう思うよ。
伝えるのに勇気が必要なのは理解できる。けどもし、また同じようなことがあったらちゃんと伝えて?
『優しい』って、俺が?そんなことないよ。俺はただ、君にできることをしたいだけ。
君の話、沢山聞きたいから。
今日はもう寝た方がいい。どうしたの、袖を掴んで...ごめん、途中までしか分からなかった。
書くの、ゆっくりでいいよ。
『我儘だけど、側にいて』...本当に可愛い。
勿論だよ。これだけ置いたらすぐ戻ってくるね。
それまで君は横になっていること。いい?...そんな申し訳なさそうな顔しないで、俺がやりたくてやってるだけだから。
...こんなふうに、表情でも何を考えるかはだいたい分かる。
君に無理なんてさせないから、そのまま休んでて。
それじゃあ、少しだけ待ってるね。

おまたせ。さっきよりは顔色よさそうでよかった。
...君の笑顔を見られたし、安心したよ。
ごめん、なんでもない。今日はこうやって隣で横になって手を繋いでるから...ゆっくりおやすみ。
明日元気になったら、また沢山話をしようね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私の理想です。
五年ほど前に失声症になってからというもの、意思疏通できる相手が減りました。
筆談では複数人の会話にはついていけないうえ、元々大人数で話すのは好きではないので諦めました。
誰か一人でいい、もしちゃんと話を聞いてくれる人がいたら...現実はそんなに甘くないことを身を以て知ってはいますが、どうしても考えてしまう日があるのです。
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