裏世界の蕀姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
367 / 385
冬真ルート

第50話

しおりを挟む
「どうして急にそんなこと言うの?」
「…ごめんなさい」
冬真を困らせたいわけじゃない。
それでも、なんだかほっとするから呼ばれたいと思ってしまった。
「後でね。今は感覚が鈍ってるから痛くないかもしれないけど、これからきっと痛くなるから」
冬真はそう話すと、そっと私の手を包みこむように握ってくれた。
とても温かくて、少しずつ気が緩んでしまう。
「…行きたくないけど戻った方がいいか」
「あの…」
「これから廃教会に行く。君も来る?」
「行きたいです」
あの人たちは冬真を狙っていた。
それなら冬香さんのことも知られているかもしれない。
もし今ひとりでいるところを襲われたら、追い返すのは難しいだろう。
「…入るよ」
「ん……誰?」
「あんたの様子を確認しに来た」
「あれ、冬真?と…その手どうしたの、お姫様」
体をゆっくり起こす冬香さんはなんだか辛そうで、駆け寄ろうとした。
その瞬間、ぴりっと手に痛みが走る。
「…痛い?」
頷くと、冬真は慣れた様子で包帯を解いた。
「僕にはこれくらいしかできないけど、冬真が手当てしている間退屈させないよ」
「何をするつもりなんですか?」
そう尋ねると、冬香さんは笑顔で筒みたいなものを見せてくれた。
「ここには種も仕掛けもないんだけど…はい」
冬香さんがその筒を勢いよくふると、どこからか花が出てきた。
「すごく綺麗ですね…どこから咲いたんですか?」
「まさかそんなことを訊かれるとは思わなかった」
冬香さんは笑っていて、手にはいつの間にか包帯が巻き終わっている。
「…花言葉じゃなくてちゃんと言葉で伝えろよ」
「そんな冷たいこと言わなくてもいいのに…冬真の意地悪」
「やっぱり秋久さんを呼ぶ」
わいわい話しているふたりが微笑ましくて、見ているだけでほっこりする。
「さっきの花の花言葉は感謝。君の部屋に飾られていた花の花言葉は警告だった」
だから冬真に見える場所でお世話してほしいってお願いされたんだ。
今更ながら、冬香さんの優しさに触れた。
「私には、そういう知識がないので…ふたりとも、花が好きなんですね」
「まあ、雑学程度だけど」
「そういうの、冬真は昔から好きだったよね。今も変わらないんだ…」
楽しそうに笑っている冬香さんに気づかないふりをしながら、冬真が手を差し出してくれた。
「帰ろう」
「は、はい」
「お姫様ともうちょっと話をしたかったんだけどな…」
「あんたはもう寝て」
以前ほど気まずそうじゃないふたりの会話は少しぎこちなく聞こえるときもあるけれど、いつか雪どけがくるような気がする。
気がするというより、くると信じたい。
「いい子だから誰かに取られないようにね」
「…まあ、それは間違ってない」
よく分からない話でも、ふたりにとっては必要なことなのだ。
「その花あげる。蕀姫なら大切にしてくれそうだから」
「が、頑張ります」
怪我をしていない方の手を優しく掴まれて、引っ張られるまま歩く。
今の時間がとても心地よく感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Tell me eMotion

黒蝶
キャラ文芸
突きつけられるのは、究極の選択。 「生き返るか、僕と一緒にくるか...」 全てに絶望した少女・雪芽は、ある存在と出会う。 そしてその存在は告げる。 「僕には感情がないんだ」 これは、そんな彼と過ごしていくうちにお互いの心を彩づけていく選択の物語。 ※内容が内容なので、念のためレーティングをかけてあります。

ハーフ&ハーフ

黒蝶
恋愛
ある雨の日、野崎七海が助けたのは中津木葉という男。 そんな木葉から告げられたのは、哀しい事実。 「僕には関わらない方がいいよ。...半分とはいえ、人間じゃないから」 ...それから2ヶ月、ふたりは恋人として生きていく選択をしていた。 これは、極々普通?な少女と人間とヴァンパイアのハーフである少年の物語。

クラシオン

黒蝶
ライト文芸
「ねえ、知ってる?どこかにある、幸福を招くカフェの話...」 町で流行っているそんな噂を苦笑しながら受け流す男がいた。 「...残念ながら、君たちでは俺の店には来られないよ」 決して誰でも入れるわけではない場所に、今宵やってくるお客様はどんな方なのか。 「ようこそ、『クラシオン』へ」 これは、傷ついた心を優しく包みこむカフェと、謎だらけのマスターの話。

泣けない、泣かない。

黒蝶
ライト文芸
毎日絶望に耐えている少女・詩音と、偶然教育実習生として彼女の高校に行くことになった恋人・優翔。 ある事情から不登校になった少女・久遠と、通信制高校に通う恋人・大翔。 兄である優翔に憧れる弟の大翔。 しかし、そんな兄は弟の言葉に何度も救われている。 これは、そんな4人から為る物語。 《主な登場人物》 如月 詩音(きらさぎ しおん):大人しめな少女。歌うことが大好きだが、人前ではなかなか歌わない。 小野 優翔(おの ゆうと):詩音の恋人。養護教諭になる為、教育実習に偶然詩音の学校にやってくる。 水無月 久遠(みなづき くおん):家からほとんど出ない少女。読書家で努力家。 小野 大翔(おの ひろと):久遠の恋人。優翔とは兄弟。天真爛漫な性格で、人に好かれやすい。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...