裏世界の蕀姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
254 / 385
秋久ルート

第19話

しおりを挟む
秋久さんの言葉に、柿田さんも渋沢さんも目をきらきらさせている。
「え、お姫様が作ったんですか!?」
「お姫様というより、もう天使…」
「ふたりとも、取り敢えず先に食べようか」
「あ、はい」
「いただきます!」
このふたりにとって、私が作ったものはどう感じるんだろう。
「なんだこれ、すごく美味しい…!」
「疲れている頭に沁みる…」
不安に思っていたけれど、ふたりの反応を見る限り嫌がられているわけではなさそうだ。
「お嬢ちゃんの料理、ふたりとも美味いってよ。本当に助かった。ありがとな」
「私はただ、できることをやつただけなので…」
「外に出られない地獄の忙しさのなか、これは助かります!」
「最近まともに食べてなかったので、本当にありがたいです」
すごい勢いで完食してくれたうえにおかわりまでしてくれた。
どう表現したらいいかなんて分からないけれど、このふたりはいい人みたいだ。
私を怒鳴りつけずに、ご飯を食べてくれたから。
「ボス、いい人捕まえましたね」
「そういうのじゃない。ただ、彼女をひとりにすると危ないからな」
「やっぱりちょっと怪しい…」
「あんまり言うようなら、次はもやしのオンパレードにしてやる」
「す、すみませんでした」
そんな会話が続いた後、花菜が椅子から身を乗り出して話しはじめる。
「渋柿コンビ、報告書は?」
「これでいいと思います」
「花菜が納得するかは分からないけど、取り敢えずどうぞ」
「ええ…まあ、分かった。柿田、今さんづけしなかったから、後でまた私の料理味見してね」
柿田さんは顔を青くして秋久さんの方を見ている。
助けを求められた秋久さんは、苦笑いして花菜に何か話していた。
「…で、お嬢ちゃん。何か用事があったんだろう?」
「えっと、この本が読めなくて…」
「悪い、それはいつも持ち歩いてるものなんだ。お嬢ちゃんに渡すのはこっちだったな」
秋久さんは、周りの人たちをまとめる力があると思う。
他の人たちから信頼されているように見えるし、この人なら信じられると思う気持ちはなんとなく分かる気がする。
ただ、本のことはあまり触れてほしくないのかもしれない。
「お嬢ちゃん、どうした?」
「あ…ごめんなさい、なんでもないんです」
「何か困ったことがあればすぐに言ってくれ」
「ありがとうございます」
ありきたりなことしか言えない私は、またこんな反応をしてしまう。
本当はもっとちゃんと向き合いたいのに、迷惑をかけて俯いている。
「あの部屋にいていいんですか?他にお手伝いできることは…」
「今はないな。だが、もしかすると少し手伝ってもらうことになるかもしれない」
「私にできることなら…頑張ります」
「頼りにしてる」
秋久さんの大きな手は、いつも私を優しく撫でてくれる。
その手のぬくもりに、とても安心した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

格上の言うことには、従わなければならないのですか? でしたら、わたしの言うことに従っていただきましょう

柚木ゆず
恋愛
「アルマ・レンザ―、光栄に思え。次期侯爵様は、お前をいたく気に入っているんだ。大人しく僕のものになれ。いいな?」  最初は柔らかな物腰で交際を提案されていた、リエズン侯爵家の嫡男・バチスタ様。ですがご自身の思い通りにならないと分かるや、その態度は一変しました。  ……そうなのですね。格下は格上の命令に従わないといけない、そんなルールがあると仰るのですね。  分かりました。  ではそのルールに則り、わたしの命令に従っていただきましょう。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜

浅大藍未
恋愛
国で唯一の公女、シオン・グレンジャーは国で最も有名な悪女。悪の化身とまで呼ばれるシオンは詳細のない闇魔法の使い手。 わかっているのは相手を意のままに操り、心を黒く染めるということだけ。 そんなシオンは家族から疎外され使用人からは陰湿な嫌がらせを受ける。 何を言ったところで「闇魔法で操られた」「公爵様の気を引こうとしている」などと信じてもらえず、それならば誰にも心を開かないと決めた。 誰も信用はしない。自分だけの世界で生きる。 ワガママで自己中。家のお金を使い宝石やドレスを買い漁る。 それがーーーー。 転生して二度目の人生を歩む私の存在。 優秀で自慢の兄に殺された私は乙女ゲーム『公女はあきらめない』の嫌われ者の悪役令嬢、シオン・グレンジャーになっていた。 「え、待って。ここでも死ぬしかないの……?」 攻略対象者はシオンを嫌う兄二人と婚約者。 ほぼ無理ゲーなんですけど。 シオンの断罪は一年後の卒業式。 それまでに生き残る方法を考えなければいけないのに、よりによって関わりを持ちたくない兄と暮らすなんて最悪!! 前世の記憶もあり兄には不快感しかない。 しかもヒロインが長男であるクローラーを攻略したら私は殺される。 次男のラエルなら国外追放。 婚約者のヘリオンなら幽閉。 どれも一巻の終わりじゃん!! 私はヒロインの邪魔はしない。 一年後には自分から出ていくから、それまでは旅立つ準備をさせて。 貴方達の幸せは致しません!! 悪役令嬢に転生した私が目指すのは平凡で静かな人生。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ
恋愛
リール王太子殿下とサリー・ペルガメント侯爵令嬢は六歳の時からの婚約者である。 二人はお互いを励まし、未来に向かっていた。 しかし、王太子殿下は最近ある子爵令嬢に御執心で、サリーを蔑ろにしていた。 サリーは幾度となく、王太子殿下に問うも、答えは得られなかった。 二人は身分差はあるものの、子爵令嬢は男装をしても似合いそうな顔立ちで、長身で美しく、 まるで対の様だと言われるようになっていた。二人を見つめるファンもいるほどである。 サリーは婚約解消なのだろうと受け止め、承知するつもりであった。 しかし、そうはならなかった。

処理中です...