裏世界の蕀姫

黒蝶

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春人ルート

エピローグ『春色の想い』

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我ながら、かなり名前負けした生活を送ってきたと思う。
仕事をするのが楽しくないわけではない。
ただ、周りを不幸にしてしまうのが辛かった。
「ハル、惚気けたりしないの?」
「次それ言ったら今持ってる全工具を使って全身全霊で攻撃する」
仕事に追われている秋久と冬真を待つ間、こんなふうに夏彦にからかわれるのが日常になっていた。
「そういえば、まー君のところにいる子…今夜逃がすって連絡があった」
「…そう」
だからこうして召集されたのかと納得しつつ、家で待っているであろう彼女のことを思い浮かべる。
きっと今頃、ラビとチェリーに話しかけながら窓から景色でも見ているだろう。
「なになに、そんなににやけて…」
「別ににやけていませんよ。ふたりとも、頼まれていたものを持ってきました」
「悪いな、急に頼んで」
「いえ。これも仕事のうちですから」
そんな話をして、造りたての偽造身分証明書を渡す。
いくら違法だと言われてもいい。
それでも、事件を見ていたからというだけで命が刈り取られてしまうのを見過ごすことは俺には絶対にできないのだ。
「あとは僕たちでやる。春人さんは早く帰らないといけないでしょ?」
「すみません。ありがとうございます」
「ねえ、俺は…?」
「ふたりでゆっくり行ってこい」
どうやら秋久には何をするつもりかお見通しだったらしい。
「それでは失礼します」
「春人、ちょっと待って」
急ぎ足でその場所に向かうと、そこにはもうひとり見知った顔がいた。
「雪乃、お待たせしました」
「そんなに待ってない。約束、これでやっと果たせるね」
「いやあ、ここまでくるのに時間かかっちゃったな…。だけど、これでやっとひと段落かな?」
そこには、3人しか知らない大切な人物が眠る場所がある。
今まではここに来ても謝ることしかできなかった。
だが、今夜は少し違う。
…俺にも大切な人ができましたよ、春海さん。
その場で解散して家に戻ると、やはり明かりがついている。
深呼吸をして、ゆっくり扉に手をかけた。
「…ただいま」
俺の時間は、あの日から進むことはないと思っていた。
一生止まったまま、壊れた歯車は二度と動き出すことはないと諦めていた…はずなのに。
今この瞬間を楽しいと、これから先も護りたいと、側にいたいと心がフル稼働している。
「お、おかえりなさい」
あの日月見と出会ってから、俺の心の時間は再び動き出した。
彼女の蕀の力について、好きなもの、苦手なこと…まだまだ知らないことも多いとは思うが、これから先彩づけていこう。
今はただ、それだけを願って。
「今夜も夜ふかしするならつきあう」
「お仕事で疲れてるんじゃ…」
「別にいい。俺もあんまり寝るのが好きな方じゃないから」


──これからも、心の歯車は廻り続ける。
春色に染まっているそれが止まることは絶対にない。

























クリアパスワード1:『マ』
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