裏世界の蕀姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
227 / 385
夏彦ルート

第96話

しおりを挟む
「ごめんね、思いっきり寄りかかっちゃって…」
「いえ。私は役に立てて嬉しかったです」
夏彦が弱々しい姿を見せることなんて滅多にない。
彼はいつだって明るい笑顔で周りを照らしている。
そうできないくらい元気がないということは、何か落ちこむことがあったということだ。
或いは、何か不安なことがあるのかもしれない。
「何かあったんですか?」
「ああ…あったといえばあったし、なかったといえばなかった、と思う。
ごめん、ちょっとだけ時間をちょうだい」
「分かりました」
話しづらいことを無理矢理聞き出すようなことはしなくない。
だから、このまま月を見て夏彦が話したくなるのを待っていよう。
そんなことを考えながらぼんやりと空を眺めていると、突然脚の傷があるあたりを撫でられた。
「な、夏彦…?」
「傷が残るかもしれないんだって思うと、やっぱり申し訳ない。本当にごめん」
冬真さんから聞いてはいたけれど、元々夏彦たちに見つけてもらえなかったら死んでいたはずだった。
それに…これから先弱気になることがあっても、私でもできることはあったと傷を見る度思えるような気がするのだ。
「私は全然平気です。夏彦には蕀さんのことを黙ってもらっていますし、ちゃんと護ることもできました。
だから、私は全然気にしないです。寧ろ、強くなった証だと思っています」
弱くて何もできない私の心に沢山の感情の花が咲いたのは、間違いなく夏彦のおかげだ。
他の人たちにも感謝しているけれど、やっぱり1番近くにいてくれた時間が多いのは彼でその影響を受けている。
「夏彦も、落ちこむことがあるんですね」
「なさそうに見える?」
「ごめんなさい。変な意味じゃなくて、いつも明るく接客しているイメージが強いので…」
「だよね、【ハイドランジア】でもよく言われる。そろそろ仕事にも復帰して、みんなに心配かけないようにしたいな。
…その前に行かないといけない場所はあるけどね」
出掛ける場所の話をするときの彼はいつも寂しそうで、どんな言葉をかけていいか未だに分からなくなる。
「あ、あの…それまでにちゃんと仕上げるので、ハンカチができあがったら受け取ってもらえますか?」
「勿論!楽しみにしてるね」
実はもうだいぶ仕上がってはいるけれど、なかなか渡す勇気が出ない。
もしも困らせたらどうしよう、もしも捨てられてしまったら…そんな嫌な考えが頭にこびりついて消えてくれない。
「そろそろ冷えるし、室内には戻ろうか」
「あ、はい。明日からもお願いします」
「俺でよければ任せて」
そう言って笑う夏彦はやっぱり頼もしくて、かっこいいと思うのを止められなかった。
だんだん頬に熱が集まっているのは、きっとこの場所が温かいからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

きみの愛なら疑わない

秋葉なな
恋愛
花嫁が消えたバージンロードで虚ろな顔したあなたに私はどう償えばいいのでしょう 花嫁の共犯者 × 結婚式で花嫁に逃げられた男 「僕を愛さない女に興味はないよ」 「私はあなたの前から消えたりしない」

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...