裏世界の蕀姫

黒蝶

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夏彦ルート

第49話

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「あ、あの…」
ご飯を食べた後、できあがった洋服を引き取りにやってきた花菜に声をかける。
「どうしたの?悩み事?」
「夏彦は、どんなものが好きなんですか?」
「突然だね!いや、いいんだけど…なっちゃんが好きなものなら、私より適任がいるよ」
花菜はひとりできているものだとばかり思っていた私にとって、その言葉は少し衝撃的だった。
「よう、お嬢ちゃん」
「秋久さん…こんにちは」
「今日はお嬢ちゃんの話を少し聞かせてもらおうかと思ったんだが、非常事態か?」
「先輩、なっちゃんが好きなものって知りませんか?月見はそれが知りたいみたいですよ」
おろおろしている私の代わりに、花菜がにやにやしながら秋久さんに言い放った。
「あいつの好きなものか…食べ物とか、そういうことか?」
「どういうものでもいいんです。日頃のお礼がしたくて…」
「ほう?それならそうだな…お嬢ちゃん、料理はできたよな?」
「はい。人並み程度ですが」
「人並み程度ね…あの繊細な盛りつけでそんなことを言うとは思わなかった」
「あれで人並みなら、キッチンを破壊しちゃった私って…」
固まるふたりの反応を不思議に思いながら、私はメモの用意をする。
ペンを持って秋久さんをじっと見つめていると、彼は優しく微笑んである料理のレシピを教えてくれた。
「私に作れるでしょうか…」
「お嬢ちゃんならきっと大丈夫。ただ、ひとつひとつの工程を丁寧にやること。あとは、感謝の気持ちをこめて作るのが大事だ。
どんなに歪になっても、味がいまひとつなものでも、想いがこめられていれば必ず相手に伝わると俺は思っている」
秋久さんの言葉で前を向くことができた。
食べてもらえないかもしれないし、食べられるような代物ではなくなるかも…そう考えてしまうけれど、まずはやってみたい。
「月見ちゃん」
「夏彦…」
ソルトを抱えたまま小走りでやってきた彼は、秋久さんたちに視線をやる。
「アッキー、月見ちゃんのこといじめてない?」
「おまえじゃないんだからそんなことしねえよ」
「…じゃあ、花菜が何か言ってたの?」
「どうして疑われてるの?私はただ、先輩とふたりで月見がなっちゃんに振り回されてないか訊いてただけだよ」
ふたりとも、私がどんな話をしたのか分からないように上手く誤魔化してくれた。
その心遣いに感謝しつつ、メモ用紙をこっそり仕舞う。
「あの…ソルトのこと、見てますね」
「うん、お願い!」
夏彦たちがお店ので入り口に向かって歩いていく。
それを見送ってから、今日の分の仕事をすませることにした。
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