裏世界の蕀姫

黒蝶

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春人ルート

第19話

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こんなに寝たのはいつ以来だろう。
目を開けると、もうすでに月が神々しい光を発していた。
ただ、人の気配が全くない。
心配になったけれど、立ちあがろうにもまだふらふらする。
…誰もいないなら、多分使っても大丈夫だろう。
手袋を外し、両手を空に向かってかざす。
「──お願い、蕀さんたち」
沢山の蕀たちに囲まれながら確認したものの、やはり近くに人がいない。
こんな遅い時間に、春人はまた出掛けてしまったのだろうか。
勝手に動いていいものか困っていると、近くに手紙が置いてあった。
《急用ができたので少し出てきます。できるだけ大人しくしてるように。
お腹がすいたら冷蔵庫の中にあるプリンやヨーグルトが食べやすいと思うよ》
紙に血が滲んではっとする。
汚すつもりじゃなかったのに、どうしよう…。
それに、遅かれ早かれ手のひらの傷が広がっていることがばれてしまえば、何かあったのではと迷惑をかけてしまうにちがいない。
取り敢えず包帯をきつく巻き直し、上から手袋をはめることで誤魔化しておく。
「…ラビ、チェリー」
いつも定位置にいるはずのふたりが、ベッドの近くに座っている。
春人が気遣ってくれたのだと考えると、1日休んでしまった罪悪感でいっぱいになった。
「ただいま」
「お、おかえりなさい」
「結構時間かかっちゃったね。ごめん」
「いえ、さっき起きたばっかりで…。その、ごめんなさい」
私にはただ頭を下げることしかできなかった。
他にどんなことをすればいいのか分からなくて、考えてもただ申し訳なさが溢れてくる。
「体調を崩すことは誰にでもある。そういうときは今日みたいにゆっくり休んだ方がいい。
君が今までどうしてきたのかは知らないけど、休息は大事だから」
使えないと言われてしまうか殴られてしまうだろうと考えていたのに、春人の口からはそんな優しい言葉が紡ぎ出される。
「どうしてそんなに優しくしてくれるんですか…?
私には何も返せないのに、どうして…」
「大切なのは対価じゃないから。それに、毎日あれだけ家のことをやってもらっているんだからそれだけで充分だよ。
……俺にはそんな生活能力はなかったから、いつも助かってる」
やっぱり彼は優しい人だ。
ただ、時々見る寂しげに揺れる瞳にはどんな意味が隠されているのだろう。
私の勘違いかもしれないから直接訊くことはまだできないけど、もし思い過ごしではないのならいつか訊いてみたい。
「ヨーグルト、食べられる?」
「…はい」
ふたり揃って食べたそれはとても甘くて、今まで味わったことがないものだった。
こんな日が続いてほしいとただ心で願う。
──平穏というものは、崩れてしまうのがあっという間だから。
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