裏世界の蕀姫

黒蝶

文字の大きさ
上 下
132 / 385
夏彦ルート

第9話

しおりを挟む
「月見ちゃん」
「あの、さっきの子は…」
「大丈夫、渡したらすごく喜んでたよ。魔法みたいだって…俺もそう思った」
夏彦にそんなふうに言ってもらえるとは思っていなかったので、どんな表情をするのが正解か迷ってしまう。
「ありがとう。あの子の笑顔を作ったのは月見ちゃんだよ」
役立たずの私が、誰かの笑顔を作る…?
そんなはずはないと言いたかったものの、言葉が喉につまって上手く出てこない。
「あれを全部手縫いで直すとなると絶対難しいのに、本当に職人さんみたいだった」
夏彦の言葉は、いつも私を包みこんでくれる。
きっと彼にはそんなつもりはないのだろうけれど、私にとってはとてもありがたいことだ。
…本当に自分に向けられたものなのか、疑ってしまいそうになるほどに。
「あれだけ裁縫上手なら、ひとつお願いしてもいいかな?」
「わ、私にできることなら」
「それじゃあ、紫陽花をモチーフにしたアクセサリーを作ってほしいんだ」
アクセサリーというものに縁遠い私が、それを作る…全く自信がない。
そもそも、一体どんな種類のものがあるのだろうか。
「たとえばどんなものがありますか?」
「そうだな…たとえばこういうものだったり、最近はこういうコサージュを買っていってくれるお客さんが多いかな」
見せてもらったものはどれも綺麗で、とても私に作れそうなものではない。
それでも、任せてもらえるのならやってみてもいいだろうか。
「月見ちゃんが嫌だと思うなら引き受けなくてもいいんだ。
ただ、君にしか作れないものができるんじゃないかって俺が勝手に思ってるだけだし…」
「……やってみても、いいですか?」
「勿論。ありがとう、それじゃあお願いするね」
「その代わり、ここで作業してもいいですか?」
沢山の人がいる場所より、何もない部屋の方がいい。
少しだけ苦いことを思い出すけれど、誰かがいる方がきっと気になるし迷惑をかけてしまうだろう。
「分かった、それじゃあ必要なものがあったらなんでも言ってね。布と糸は、ここにあるものならどれを使ってもらってもいいから」
「ありがとうございます」
見たことがないような輝きを放つ大量の材料に少し緊張しながら、とにかく選ぶところからだと恐る恐る手を伸ばす。
「…どれも綺麗」
思わず言葉に出てしまうほどの美しさで、どんな色にするかなかなか決められない。
青系がいいだろうか。それとももっと明るい色…?


──紫陽花には色々な色がある。
夏彦はそう話していた。
つまり、どんな色があってもいいのなら…私は針を手に取る。
正解なんて分からない。それなら、私なりの答えを出してみるしかないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇妃になりたくてなったわけじゃないんですが

榎夜
恋愛
無理やり隣国の皇帝と婚約させられ結婚しました。 でも皇帝は私を放置して好きなことをしているので、私も同じことをしていいですよね?

彼女の光と声を奪った俺が出来ること

jun
恋愛
アーリアが毒を飲んだと聞かされたのは、キャリーを抱いた翌日。 キャリーを好きだったわけではない。勝手に横にいただけだ。既に処女ではないから最後に抱いてくれと言われたから抱いただけだ。 気付けば婚約は解消されて、アーリアはいなくなり、愛妾と勝手に噂されたキャリーしか残らなかった。 *1日1話、12時投稿となります。初回だけ2話投稿します。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

処理中です...