泣けない、泣かない。

黒蝶

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泣けないver.

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「な、なんだか緊張する...」
優翔は荷物を置いた後、急にそんな言葉を口にした。
「もしかして、部屋に何かあった?」
「そうじゃなくて、その...今まで僕の家に詩音が泊まりにくることはあっても、その逆はなかったから...」
よくよく考えてみればそうだ。
私が好意で泊めてもらうことはあっても、その逆は今日までなかった。
(どうしよう、それを意識すると緊張してきた...)
「えっと、お風呂にする?ご飯にする?」
「詩音が用意しやすい方からでいいけど...他意なく言ってるんだろうけど、他の人にその文言は絶対使っちゃ駄目だよ」
「どうして...あ」
本当に無意識だった。
優翔がお風呂に入るならその間にご飯の準備ができるし、疲れをとってもらえる。
けれど、お腹が空いている可能性もあるから訊いただけだった。
...偶然とはいえこれは恥ずかしい。
「ご、ごめんなさい!なんかこう、よく漫画にあるような質問をするつもりじゃなくて...」
「大丈夫だよ、ちゃんと分かってるから」
優翔の笑顔はいつもより大人だったけれど、それはそれで緊張してしまった。
「ご飯、作るの手伝うよ」
「ありがとう...」
「お風呂、入らせてもらうね」
「うん、どうぞ」
そんなぎこちないやりとりを何度か繰り返して、なんとか1日が終わろうとしている。
部屋で独り眠れずに勉強していると、かたんとリビングの方から音がした。
「優翔...?」
「ごめん、もしかしたら眠れてないんじゃないかと思って部屋から出てきたんだ」
「寝心地が悪かったのかと思って、吃驚した」
「ううん、寧ろその逆で...あのベッド、すごくいいね」
部屋を間違えなかったことに安堵していると、はにかみながら遠慮がちに訊かれる。
「台所、ちょっとだけ借りてもいい?」
「それは全然構わないけど、何か用意するなら手伝おうか?」
「自分でやるから平気だよ。ただ...もしよかったら一緒に夜更かししない?」
そんな話をして、ささやかなお茶会がはじまる。
「こんな時間まで勉強なんてすごいね...」
「そんなことないよ。どうしても眠れなかったからやってただけ」
テキストの内容までは見られなかったらしい。
もうすぐオンラインで試験を受けて、それに合格できればカウンセリングの仕事を受けられるかもしれないのだ。
(多分高校を卒業してからになるから、それまでは内緒にしておかないと)
「その子は友だち?」
そう言われて、いつもの癖でぬいぐるみを抱きしめていたことに気づく。
(笑わずに友だちって言ってくれるのが優翔らしいな...)
「うん。普段は寂しいときにずっと連れているんだ」
「そうなんだ...知らない詩音を知れて嬉しいな」
しばらく他愛のない話をして、ティータイムは和やかな雰囲気で終わる。
 ふたりきりの空間を、月明かりがいつまでも優しく照らしてくれた。
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