約束のスピカ

黒蝶

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追憶のシグナル

第9項

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「桜良、いる?」
放課後、陽向はまた放送室にやってきた。
もうここじゃなくても居場所はあるのに、どうしてこんなに私の近くにいてくれるんだろう。
「能力、意識的に使ったの?」
その言葉を無言で受け流す。
お茶を淹れる手元が狂いそうになった焦りと意識的に使った罪悪感が混ざりあって、心がぐちゃぐちゃだ。
「一旦ポット置いて。それから…気づけなくてごめん」
後ろから抱きしめられて、身動きがとれなくなる。
陽向は優しいから優しく言ってくれるけれど、全部私が悪い。
結局、体育の授業には行かなかった。
どんな視線を向けられるのか不安になって、教室に入ろうとしても足が震える。
他の授業も休んで身を隠し、心に引っかかったことを調べに調べた。
「……これ」
「お、喉の調子は悪くないみたいだね」
「これ」
「分かった分かった、ちゃんと見るよ」
のど飴をなめたおかげで、少しだけ話しやすくなった。
後ろから伸びてきた手に資料を渡すと、首をかしげられる。
「この女の子、誰?」
やっぱり陽向には視えていなかったのか。
「クラスにいる子」
「この記事によると死んでるらしいけど…?」
「今日、ビーカーを割った」
「急に割れたの、この子が原因なの!?」
「何日か前、クラスの女子達が悪口を言ってた。誰のかは分からないけど…。
理科の授業中、突然大きく手をあげた。その瞬間、ビーカーに異常が発生した」
私は冗談でこんなことは言わない。
陽向もそれを分かっているから、ただ黙って聞いてくれた。
視えている範囲に違いがあるのか、視え方が違っているのかは分からない。
それでも、私にははっきりおさげ眼鏡の少女が視えた。
「今考えると、誰も話しかけないなんて不思議」
「たしかに。挨拶する生徒のひとりやふたりはいそうだもんね」
「私にも挨拶をしてくれる人がいる。その人でさえ話しかけないのは、変」
「誰にでも話しかけられる奴っているもんね…」
「…あなたもでしょ」
小さく呟いた言葉は、陽向には聞こえていなかったらしい。
資料を読みながら、自分の鞄から別の資料を出す。
「あの木って、元々御神木みたいなものだったんだって。神様を祀るとまではいかなかったけど、町を護るシンボルみたいなものだったって。
けど、わざと木の幹を傷つけた人間がいて災厄が降り注いだ。切り落としてからも切り株だけは残ってるみたい」
「どうして、取り除かなかったの?」
「切り株をどけようとしたら、不慮の事故や病気になる人が続出したみたい」
人間の身勝手によって、幸福を願うはずが強力な呪詛になってしまったということだろうか。
そして今この瞬間も、また身勝手な人間たちの噂によって脅かされている。
「…切り株、見に行こう」
「全部が片づいてから?それとも今から?」
「どっちも」
「用意してくる」
早く解決しないと、あれ以上噂が広まってしまったら大変なことになる。
考えていても仕方ない。
資料で分からないことは、見て調べるしかないのだから。
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