路地裏のマッチ売りの少女

黒蝶

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Until the day when I get engaged.-The light which comes over darkness-

閑話『Strange 1 day of an assistant police inspector』

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「新しい上層部の人間、か」
俺は出世に興味がない。
上層部をあの事件とともに『掃除』してしまった以上、新しい上層部の人間がくることになる。
「はい!明日には着任するとのことです!」
「おまえたち、俺についてきてくれたことを感謝する」
危険を伴っているのに、こいつらはいつもついてきてくれる。
「警部補が一番お仕事してるじゃないですか!」
「そうですよ、俺らが怪我しそうになったら神の速さで助けにきてくれたじゃないですか!」
「俺らより外回りでの検挙率も高いじゃないですか!」
本当にいい部下をもったと思う。
しかし、この日はかなり奇妙な一日となった。

これは、あの二人が元の家に帰る二日前の物語である...。
《エリック目線》
書類整理はどうにもなれない。
俺は色々考え事をしていたのだが...
「あれ?家にいないと思ってきてみれば...書類整理?」
「...ああ」
「あのっ、こんにちは」
「ああ」
カムイは俺に向かって盛大なため息をつく。
「エリック、せめてメルには優しくしてあげて?」
「...悪い」
俺はどうにも女性が苦手だ。
だが...男勝りなナタリーはおいておくとして、何故かメルのことは嫌いになれなかった。
「ごめん、ちょっと裏の仕事があるから...メルを守ってほしいんだ。あの件が片づいたとは言え、一人でいて狙われては困るからね」
「分かった。今日は外回りもないし、メルがいいなら」
「カムイ...怪我しないでくださいね」
「大丈夫だよ、今日は鬼退治に行くだけだから。じゃあ、行ってくるよ」
カムイがメルをそっと撫でていた。
メルはにこにこしている。
俺はデスクに戻り、書類に目を通す。
「あ、あの...」
「なんだ?」
「えっと、その資料の五行目と八行目...計算が間違ってませんか?」
(...!)
確かに間違ってはいたが、こんなに早く見つけられるものなのだろうか。
(聞かれたくないのかもしれない)
俺はあえてつっこまず、淡々と訂正した。
「あの...紅茶を淹れましょうか?」
しばらくして、俺が疲れていると、彼女は遠慮がちに言ってくる。
「ああ、いただこう」
彼女が淹れた紅茶はとても美味しい。
しかし...
「いや、俺が淹れるから座っててくれ」
「はい...」
右手を負傷しているのに、手負いの人間にやらせるわけにはいかない。
「きみ...メルはどのくらい砂糖を入れる?」
「角砂糖二つです」
「ミルクは?」
「入れないでください」
先程よりも元気がなくなったような気がする。
「...カムイなら心配要らない。この間メルが止めてくれたお陰で、だいぶ落ち着いているようだ」
「いえ、そうではなくて...」
その瞬間、警察署のガラスが割れた。
ナイフをメルの喉元につきつけている。
「噂どおり、みんな出払ってるのか。動くな!今すぐ金を出せ!」
(...ちっ、この人がいないときに強盗か)
メルはガクガクと震えている。
彼女はなにやら手首を掴んでいる。
キラリと光るそれは、ブレスレットだった。
俺はひたすら心のなかで願いながら、通信機の電源を入れた。
『どうしたの?今ちょうど仕事が終わってね...』
「やめろ!彼女に手を出すな!」
俺はわざと叫ぶ。
『...どうやらのんびり話せる状況じゃないことは分かった』
「おまえの目的は金だな⁉すぐに出す、だからその子を離してくれ!」
「早くしろ...」
「エリックさん、」
「心配は要らない。俺が必ず助けてやる」
『人質は...俺の可愛いメルかな?』
カムイの声色が変わる。
まずい、あいつはまた暴走してしまうかもしれない。
「メル!伏せろ!」
メルは喉元のナイフに当たらないように伏せた。
(よし、それでいい)
俺は男の肩を撃った。
「ぐわあっ!畜生、こうなりゃあこいつを殺してやる!」
「カムイ!」
メルは顔に返り血を浴びて泣き叫んでいる。
だが、ナイフが彼女を切り裂くことはなかった。
「...痛えっ!」
彼女は泣きながら、男の手首に噛みついたのだ。
俺はメルを抱きとめ、男の腹に一発いれる。
男は倒れた。
「警部補!」
部下の一人が帰ってきた。
「そいつを牢屋に連れていけ。医師も呼んでくれ」
「はい!」
部下は牢屋に向かっていった。
「怖い思いをさせて、すまなかったな」
「いえ...助けてくれてありがとうございます。でも...ちょっと動かないでくださいね」
「...!」
俺は今更ながら左足が痛みだした。
ガラスの破片で切ってしまったようだ。
「これで大丈夫なはずです!」
俺はメルの顔をふいてやる。
「怪我はないか?」
「はい!」
「急いできてみれば...これはどういうことかな?」
背後で低い声がした。
「カムイ、やっときたか。もう全部終わったぞ」
「カムイ、お仕事はもういいんですか?」
「うん、もう終わったよ。帰る前に、状況を聞かせてもらおうか」
俺は事件について説明した。
「成る程ね。それで...どうしてメルはそんなに元気がないのかな?」
「...!いや、それは、その...」
メルが言いづらそうにしている。
「エリック、何かしたのか?」
物凄く不機嫌な声でカムイに問い詰められる。
「まあ、事件前に何をしていたか、細かく教えてくれる?」
「ああ」
俺は説明した。
資料の間違いをメルが指摘し、それを直したこと。
紅茶を淹れようとする彼女を止め、俺が淹れたこと...。
カムイはメルに優しく話しかける。
「メル、エリックのために頑張ったのは分かったよ」
「私、間違ったことをしていたのでしょうか?」
俺はそこでようやく気づいた。
「メル...感謝している」
「...!」
「多分エリックは、メルが手を怪我しているから、気を遣って自分で紅茶を淹れたんだよ。資料のことは...メルの計算速度が早かったから、つっこんじゃいけないと思ったんだろ?」
やっぱり、カムイには敵わない。
俺は小さく頷く。
「エリックさんは、お優しいんですね」
「べ、別に、そんなことはないと思うぞ?」
「メル、帰ろうか。エリック、本当にありがとう」
カムイは幸せそうに笑う。
...メルと出会ってからというもの、カムイが明るくなった気がする。
俺も、少しだけ女性に対する考え方が変わった気がする。
もしかすると彼女には、そういう力があるのかもしれない。
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