クラシオン

身代

そう、分かっていた。
あの人が帰ってこない理由くらい、ちゃんと分かっているつもりだ。
「小夜さん、君は自由に生きて。…君が、君らしくいられる世界で、笑って」
彼女が涙を流しているのが見えたが、残念なことに今は拭うことさえできない。
「…酷い話よね。そういえば、あなたは何故人間を恨まなかったの？」
ステラさんの質問はもっともだろう。
最近まで自分でもよく分かっていなかったが、なんとか答えを導き出すことができた。
「恨んだこともありました。だけど、何も知らない無関係の人まで巻きこむのは、違う気がしたから…。
…それに、俺がこうして災いの子として存在している間は誰もこんな扱いを受けないんじゃないかって思ったんです」
それが生まれた瞬間から与えられた役目で、きっと不可避なものだったのだろう。
だが、そのおかげで今がある。
「…もしも俺が死んだら、この場所を護ってくれませんか？店主を探さず、傷ついている人みんなで共有できる場所…俺の、最初で最期の我儘です」
この状態では、きっとお客様をもてなすことすら難しいだろう。
いつまで持つのか、或いはもうすぐ終わってしまうのか自分でも分からない。
「それは構わないわ。ただ、彼女はどうするの？」
「…小夜さんには、監督だけお願いしてもいいかな？もしも誰かが誰かを傷つけるようなことがあったら、止めてほしい。
…どの種族とも関われる目を持った君なら、きっとできるよ」
自分が消えかけていることも、もう長くは持たないであろうことも理解していた。
全く怖くないと言えば嘘になる。
だが、こうして誰も犠牲にせずにこの場所を続けられるのは嬉しい。
「……シルキー、もしもあの人が帰ってきたら、俺の代わりにお礼を伝えてください。
遺体が見つかっていないなら、やっぱり俺は生きていると信じたいんです」
「分かりました。残り時間は痕少し、あなたの好きなように過ごして…悔いのないように」
枕元に置かれていた砂時計には少しひびが入っていて、それをそっと掴んだ。
「…だいぶ頑張らせてごめん。俺がもっとしっかりしていれば、こうはならなかったのかな」
《私はあなたに助けられました。普通の生活を教えてくれて、普通の人と同じように接してくれてありがとう。
あなたにちゃんとお礼ができず、本当にごめんなさい》
「俺は、君がいたから独りじゃなかった。本当にありがとう」
今この瞬間孤独でないのも、彼女たちがいてくれるおかげだ。
いくら感謝してもし足りない。
できればもう少し、お客様を迎えてその心にある不幸を貰えればよかったのに…。
そんなことを考えていると、店の扉が開いた。
「店長さん!?」
「マスター…！」