クラシオン

黒蝶

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憧れた世界

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普通に憧れないと言えば、その方が嘘になるだろう。
自分が普通のくくりでないと分っていても、それを簡単にそうだとすませられる人などほぼいない。
「実雪さんが考える普通の家ってどんな感じですか?」
「そうですね…まず、美味しいご飯が出てきます。おはようがあっておかえりがあって、おやすみがあって…。
優しく褒めてくれたり、ちょっとしたことで笑いあえる場所がいいです。
…なんて、ちょっと欲張りすぎでしょうか」
実雪さんの目はまた悲しげで、何故か見ているだけなはずのこちらまで胸が締めつけられる、
「そんなことありません。俺もそういうの、いいなって思うから」
「僕だけじゃなかったんですね、よかった…」
少女は安心したような表情をこちらに向ける。
心からの安堵の言葉にこちらもほっとしつつ、ようやく完成した料理を運んだ。
「今日はあんまりいい材料が残ってなかったから、なんだかまかないみたいになっちゃったんだ。…ごめん」
「いえ、僕はここのお料理が食べられればそれでいいんです!ありがとうございます、いただきます」
ポケットの中にある砂時計を見てみるが、あまり砂が落ちていない。
このままではまずいかもしれないというのが半分、もう今夜は休ませたほうがいいというのが半分。
「それを食べたら、一旦部屋で休んでください。夜ふかしはあんまり体によくないだろうから」
「ありがとうございます。やっぱり店長さんはいい人ですね」
いい人なのかどうかは分からない。
今だってどうすればいいのかひたすら迷い続け、あの人の言葉を元にしているだけだ。
『まずはお客様の心に寄り添う姿勢を見せること。人は誰しも心に弱さを抱えている。
傷つき続けてそれを自分だけで支えられなくなったとき、心が壊れてしまうんだよ』
あの人ならもっと上手くできていたはずだ。
そんなことを考えつつ、沢山のぬいぐるみを抱きしめる彼女の姿になんとなく親近感を覚える。
手放せないものがあって、それがないと不安で何も手につかなくなる…自分にとっての砂時計やあの人からもらったもの全てがあてはまるかもしれない。
「…また会いたくなったな」
そんならしくない言葉を呟きながら、そのままその場にしゃがみこむ。
息が苦しい、息ができない…いつものことだからと頭が驚くほど冷静に動いて、ポケットの薬を一気に飲みこんだ。
【気をつけて。あまり飲みすぎると副作用が出るかもしれないから】
前回薬を渡されたとき、そう書かれた魔女のメモが入っていた。
…それでも、休むわけにはいかない。
この場所を支えにしている人たちの為に…自分自身の為に。
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