クラシオン

黒蝶

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崩れた仮面

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「笑顔、ですか?」
やはり彼女は気づいていなかったようだ。
「あなたが美味しいとお召し上がりになるときと、誤魔化すように笑ったときでは表情が微妙に違うんです。
...俺は、嘘笑いのときより今みたいに自然に笑っている方がいいと思った」
彼女を傷つけてしまわないか不安になりつつ話を続ける。
「それに、嘘笑いを見抜けない人たちって意外と多いから...君が傷ついていること、見抜けていない人が多いんじゃないかな?
暴力は駄目だけど、笑顔まで汚さずにいてほしい。ただそう思ったんだ」
「...店長さん、あの人と同じようなこと言うんですね」
「あの人、とは?」
「昔の仕事仲間です。その人にも言われました。『君の笑顔は素敵なんだから、沢山笑顔を見ていたい』って。
だけど、その人はもういなくて...笑っていれば、帰ってきてくれるかなって思ったんです」
彼女か望んでいたのは、大切な人との再会ということか。...同じだ。
「大切な人を待ち続ける気持ちは分かります。...俺もここで、待っている人がいるから。
だけど、待っている間に君が壊れてしまっては意味がない。たとえ会えたとしても、相手はきっと哀しむよ」
...一生後悔するかもしれない、そう思っても簡単に言葉にすることはできなかった。
待つ側の孤独が理解できるから。
「それじゃあ、どうやって待っていれば会えるんですか?」
「...その人のことを忘れないこと、かな。あとは、伝えたいことを考える。
悲しいことがあった日は、どうやって楽しく過ごしていたかを思い出す。...俺はそうするようにしているよ」
何が正しいかなんて分からない。
だからこそ、自分で正解を見つけていくしかないのだ。
「どのくらい待っているんですか?」
「数えるの、途中でやめちゃったからな...どれくらいだろう」
「そんなに待っていて、辛くならないんですか?」
「寂しいと思うときはあるし、できれば今すぐ会いたい。だけど、待つのをやめようと思ったことはないんだ」
正直に、真面目に、真摯に。
そうして答えていれば、相手にも伝わってくれるはずだ。
「とにかく、理不尽なことを言ってくる相手に真正面から向かっていく必要はないと思う。
...君なら、その仕事だけでもやっていけそうだしね」
鞄からはみ出していた本を指さすと、彼女は漸く笑ってくれた。
どうかその本当の笑顔を失わないでほしい。
それだけ伝えると、砂時計の砂が落ちきった。
「いつでもいらしてください」
「ありがとうございます。僕、こっちの方で頑張ってみます」
家庭教師の為の本...そんなタイトルのものを持ちながら、一礼して去っていく。
『どんなお客様にも丁寧に。──なら忘れずにできそうだけどね』
...俺はいつだって、あなたのことばかり考えています。
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