クラシオン

黒蝶

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届かなかった言葉

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「前に色々されていた人がいて...つい、注意してしまったんです。彼女は仕事もできる人で、なんとかしたかった...」
女性からは優しさが滲み出ていて、相当勇気を出したことは分かる。
「上司は事なかれ主義で何も見てないし、訴えても駄目で...。
そうこうしているうちに、今度は私が標的になりました。やめてほしいって伝えても駄目で、どうしてこんなことをするのって訊いてみたんです。
...その答えは、『ストレス発散』でした」
これだから集団心理というのは恐ろしい。
固まってひとりを攻撃して、それを楽しんでしまう。
いい方に向かう集団もあれば、敵意むき出しの集団になることもある。
「そうしているうちに、辛くなってしまったんです。先輩は会社に来なくなっちゃったし...」
「それは、嫌がらせを受けたのが原因ですか?」
「私より先輩の方が沢山酷いことをされてきたんだと思います。私に仕事を教えてくれたときも優しくしてくれて、分からなかったらいつでも聞きに来てって言ってくれて...。
仕事で失敗したときも、ご飯食べに連れていってくれたりしたんです」
彼女は1度言葉を切り、再び話しはじめた。
「それなのに、私は早く動けなかった。先輩の力になりたかったのに、私は動くのが遅すぎたんです」
1番悪いのはいじめている側のはずなのに、何故か追い詰められるのはいつもやられている側だ。
『そういう行為をおこなった方は、いつか自分たちがしたことも忘れて幸せになる。
された方の心には一生ものの傷が残り続けて、ただ生きることさえ難しくなる場合だってある。...本当に残酷なことだ』
あの人の言葉の意味が少し分かったような気がする。
確かにそうだ。心を蝕まれるのはやられている側で、やった方はすぐ忘れてしまう。
その後のやられている側は見るに耐えない状態になる。
そんなことをされれば、いつかは心身ともに壊れてしまうだろう。
目の前の女性に、何と声をかけるのが正解だろうか。
「最近、朝になると腹痛で動けなくなるんです。吐きそうになったり足が震えたり、出社するだけでも大変で...」
やはりこのまま放っておくことはできない。
彼女の心はかなり傷ついている。
安易なことを言えば、余計に傷つけてしまいかねない。
「...職場を辞めることは難しいですか?」
「次の仕事が決まらないんです。探してみて入るけど、やっぱり駄目で...」
ここから先は、きっと彼女の方が力になれるだろう。
「あなたと話がしたいという方が奥の部屋にいらっしゃいます」
「私と、話?どういうことですか?」
「いらしてください」
奥の部屋の扉に向かって声をかける。
まさかこんな偶然があるとは思っていなかった。
「先輩...?」
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