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微笑
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「笑っていた方がいいなんて言われたのは初めてです。...というよりも、そんなふうに言ってくださる方自体初めてです」
その神様は感激したようにぽつりぽつりと告げた。
「神だからと近寄ってくる人はいても、私個人を見てもらえたのは初めてかもしれません。
普通に接してくれて、本当に感謝しています」
その表情はどこか吹っ切れたようで、見ているこちらもほっとした。
確かに目の前にいる女性は神様だ。
だが、それ以前に大切なお客様なのでただ笑顔になってほしかった。
「...申し訳ありませんが、デザートを準備する前に少し外させていただきますね」
「私のことは気にしないで、ゆっくり用事をすませてくださいね」
一礼して自室へと向かう。
...お客様の前で苦しむ姿を見せるわけにはいかない。
それに、目の前で砂時計を確認するのも失礼なような気がしたのでついでに見てみる。
...残り僅かだが、これだけあれば大丈夫だろう。
急ぎ足で戻ってみると、神様は座ったまま待ってくれていた。
「お待たせしました。デザートにはこちらをどうぞ」
「これは...」
「プリンです。スプーンでお召し上がりください」
一口食べては感激してを繰り返しながら、彼女はゆっくりと皿を空にしていく。
「ごちそうさまでした」
磨いた後のように綺麗な食器だけが残っていて、ただただ驚いた。
彼女は立ち上がると、こちらに向かって微笑んでくれる。
「そろそろ行きます。お代は何を払えればよいでしょうか?」
「素敵な笑顔を見られましたのでそれで充分なのですが...」
「他のお客の場合はどうなさっているのですか?」
「お金はいただいておりません。ただ、何ももらわない場合と善意で絵を描いてもらえたり手作りのものをいただけたりという場合があります」
「でしたら、私はこれを。大したものではありませんが...」
装束の袂から出てきたのは、とてもシンプルな造りをしている紫陽花の簪だった。
ただ、それは恐ろしく神々しい光を放っている。
「本当にいただいてしまっても構わないんですか?」
「勿論です。あなたならきっと壊さずに持っていてくださるでしょうから」
「...分かりました。それでは、いってらっしゃいませ」
「ありがとう」
店を出るときの神様の顔は晴々としていて、なんとか力になれたことにほっとした。
ただ、これだけのものを店に堂々と飾るわけにはいかない。
「...ここにしておこう」
悩んだ末、自室の引き出しにケースごと仕舞うことにした。
彼女は普通のお客様と同じ扱いを望んでいたのだから、受け取ってしまってもよかったのだろう。
そのまま横になり目を閉じる。
『神様には色々あるから...。ただ、その人が望んでいることをできる限り実現すればいい。
それでいいんだよ、──』
...果たして俺にそんな大役が務まったのでしょうか。
その神様は感激したようにぽつりぽつりと告げた。
「神だからと近寄ってくる人はいても、私個人を見てもらえたのは初めてかもしれません。
普通に接してくれて、本当に感謝しています」
その表情はどこか吹っ切れたようで、見ているこちらもほっとした。
確かに目の前にいる女性は神様だ。
だが、それ以前に大切なお客様なのでただ笑顔になってほしかった。
「...申し訳ありませんが、デザートを準備する前に少し外させていただきますね」
「私のことは気にしないで、ゆっくり用事をすませてくださいね」
一礼して自室へと向かう。
...お客様の前で苦しむ姿を見せるわけにはいかない。
それに、目の前で砂時計を確認するのも失礼なような気がしたのでついでに見てみる。
...残り僅かだが、これだけあれば大丈夫だろう。
急ぎ足で戻ってみると、神様は座ったまま待ってくれていた。
「お待たせしました。デザートにはこちらをどうぞ」
「これは...」
「プリンです。スプーンでお召し上がりください」
一口食べては感激してを繰り返しながら、彼女はゆっくりと皿を空にしていく。
「ごちそうさまでした」
磨いた後のように綺麗な食器だけが残っていて、ただただ驚いた。
彼女は立ち上がると、こちらに向かって微笑んでくれる。
「そろそろ行きます。お代は何を払えればよいでしょうか?」
「素敵な笑顔を見られましたのでそれで充分なのですが...」
「他のお客の場合はどうなさっているのですか?」
「お金はいただいておりません。ただ、何ももらわない場合と善意で絵を描いてもらえたり手作りのものをいただけたりという場合があります」
「でしたら、私はこれを。大したものではありませんが...」
装束の袂から出てきたのは、とてもシンプルな造りをしている紫陽花の簪だった。
ただ、それは恐ろしく神々しい光を放っている。
「本当にいただいてしまっても構わないんですか?」
「勿論です。あなたならきっと壊さずに持っていてくださるでしょうから」
「...分かりました。それでは、いってらっしゃいませ」
「ありがとう」
店を出るときの神様の顔は晴々としていて、なんとか力になれたことにほっとした。
ただ、これだけのものを店に堂々と飾るわけにはいかない。
「...ここにしておこう」
悩んだ末、自室の引き出しにケースごと仕舞うことにした。
彼女は普通のお客様と同じ扱いを望んでいたのだから、受け取ってしまってもよかったのだろう。
そのまま横になり目を閉じる。
『神様には色々あるから...。ただ、その人が望んでいることをできる限り実現すればいい。
それでいいんだよ、──』
...果たして俺にそんな大役が務まったのでしょうか。
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