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不可欠
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「私が、好きなこと...お菓子作り、でしょうか」
「それが武器になる仕事について、少し調べてみるのはどうかな?」
「それは、その...周りが望んでいないことだと思います」
どうやら仮説は間違っていないようだ。
この少女の目には、恐らく家族かなにかの評価しか見えていない。
たしかに、言われたとおりに生きるのもひとつの手だろう。
だが、それではやはり心が悲鳴をあげる日がやってきてしまうのだ。
「それじゃあ、君はやってみたいって思ったことがある?」
「私の意思は、」
「聞かせてほしいな。...やってみたいと思ったことはないのか」
彼女は溜めこんでいたものを全て吐き出すように話しはじめた。
「そういうものを、考えたことがありませんでした。...ううん、考えないようにしていました。
だけど本当は、手に入らないことが辛くて、誰も私を見ていないことが辛くて、誰でもいいから認めてほしかったんです」
ぽろぽろと今にも崩れてしまいそうな涙は、とても儚くカップに落ちる。
彼女は言いたいことを言わず、聞き分けのいいいい子を演じ続けていた。
...やはりそれではいけないのだと、勝手にそう思っている。
「周りのことも大切だけど、君自身が楽しくないと意味がない。
全部ひとりで頑張る必要ないんだよ」
「私、頑張ってましたか?」
「うん。俺には、周りの期待に応えようと必死になりすぎて、自分を見失いそうになっているように見える。
他の人たちに話すかどうかはさておき、君の人生なんだから君が生きたいように生きていいんだよ」
ありふれた言葉しかかけられないのが申し訳ないが、残念ながらこれ以上どう話せばいいのか分からない。
「申し訳ありません。本当に言葉が下手で、表現のしようがなくて...」
「いいんです。店長さんが褒めてくれたおかげで、もう少し自分の心に耳を傾けてみようと思えました。
...叶わなかったとしても、やれるだけやってみようと思います」
さらさらと砂が一気に落ちていくのを感じつつ、目の前に座る少女にただ告げる。
「たとえ叶わなかったとしても、君がやったことは全部無駄にはならない。
簡単なことではないだろうけど、もっと自分を信じて」
「...はい」
またいつか、迷ったときにはここに来ることになるだろう。
だが、もしかするともう会うことはないのかもしれない。
選択を諦めないその瞳には、迷いがひと欠片も残っていないのだ。
「ありがとうございました」
もう必要なさそうだからと、彼女は装飾品をひとつ置いていった。
鎖の形をしたそれを見つめながら、あの人の言葉を思い出す。
『いつか──もやりたいことができたら、ここを出ていいからね』
...これ以外、俺にやりたいことなんてありません。
「それが武器になる仕事について、少し調べてみるのはどうかな?」
「それは、その...周りが望んでいないことだと思います」
どうやら仮説は間違っていないようだ。
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たしかに、言われたとおりに生きるのもひとつの手だろう。
だが、それではやはり心が悲鳴をあげる日がやってきてしまうのだ。
「それじゃあ、君はやってみたいって思ったことがある?」
「私の意思は、」
「聞かせてほしいな。...やってみたいと思ったことはないのか」
彼女は溜めこんでいたものを全て吐き出すように話しはじめた。
「そういうものを、考えたことがありませんでした。...ううん、考えないようにしていました。
だけど本当は、手に入らないことが辛くて、誰も私を見ていないことが辛くて、誰でもいいから認めてほしかったんです」
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「うん。俺には、周りの期待に応えようと必死になりすぎて、自分を見失いそうになっているように見える。
他の人たちに話すかどうかはさておき、君の人生なんだから君が生きたいように生きていいんだよ」
ありふれた言葉しかかけられないのが申し訳ないが、残念ながらこれ以上どう話せばいいのか分からない。
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